香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

中央駅2

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中央のまさに真ん中にある駅はそのまま「中央」という。そこから北に向かうい、軍の病院がある駅までは濃紺の列車に乗り換えてさらに何駅もきた。

 中央はこのほかに路面電車やバスもあり、さらに大きな運河が東西を貫き、遊覧船が走っている。その先には湖がある。周辺は観光地になっていて、リアが見たがりそうな若い女性向けの店、ヴィオの行きたい動物園もある。しかしそちらの方までいってしまうと時間はいくらあっても足りない。
 病院の診療後に立ち寄れる地域は立地から言って、再び中央駅の方に戻ってきた辺りにあるラズラエル百貨店の中央本店とその周囲にある大きなアーケード街のあたりだろう。ちょうどカイの今の職場(そして住まい)と病院の間辺りにある駅だ。

 軍の病院というから無味乾燥なただ真っ白い建物を想像していた二人は、その壮麗な石造りの建物に圧倒されてしまった。

 まず、エントランス前の大きな広場には石造りの立派な噴水があり、その周りは市民が涼を取りながら近くのドリンクスタンドで購入した飲み物を腰かけて飲んだり、子どもたちはきらきら輝く水面に手を浸したりと明るく開放的な雰囲気だ。周りには花々がふんだんに植えられた花壇があり、隣には公園も併設されている。

 噴水広場から階段を上がっていくと同じく石造りの外観は美術館に似ていて、入り口をくぐると二人は高い天井を見上げてそこに描かれた女神のレリーフに息をのんだ。

「ここ、すごいね」
「この病院は終戦の記念に軍の功績をたたえて作られた病院で、軍だけでなく民間にも開放されている」
「だからこんなに造りが秀麗なんだね」

 それはガイドブックには書かれていない情報だったが、思いがけない発見にヴィオの心の緊張が少しだけ解けた。

「ああよかったわ。ここの食堂ならきっと綺麗よね。病院の食堂とかいうから暗くてちょっと怖いのかなあって思ってたの」

 リアは周りの目も気にせずにそんな風にずけずけいうからヴィオは姉を目で窘めた。

 午後の診療時間まで間がないため、三人は手軽な病院の食堂で昼食をとることにした。しかしイメージしていた雑多な食堂、というのとは一線を画す。先ほどの噴水や公園が一望できるテラス席がある食堂もといティーサロンはとてもお洒落だった。
 赤と白が組み合わされたテーブルクロスに、小さなグラスに生けられた鮮やかな紫と黄色の花が目に和む。入院中と思わしき姿に人もいるが、普通のお店にいるのと変わらないような外来の人もたくさんいそうだ。あまり病院らしい感じではない。そもそも病院にすらかかったことのないヴィオは気後れしていたのがここにきて大分落ち着くことができた。

 手軽なスープと野菜や肉をサンドされたパン。三人は午後の予定を確認しながら昼食を摘まんだ。

「やっぱりここまで戻ってくるから俺が戻るのを待っていてくれ」

 カイが大きな手で掴むと、パンもとてもこじんまりとして見えるが、ヴィオは何味と形容するのかはわからないがそのサンドの赤っぽいソースは美味しいと思った。中央での記念すべき第一回目の食事は、しかし緊張からか半分は上の空で、気が付くと腹の中に収めることだけを目標にしたかのように、あっと今に食べ終わっていた。

「大丈夫よ、カイ兄さん。手続きさえしてくれたら私だってヴィオだって成人してるんだから。外で待ち合わせぐらいできるんだからね。診察が終わったらラズラエル百貨店のあるクリスタルアーケードで待ち合わせ。ここまで戻ってくるの大変だし、時間が掛かっちゃうわ。一時だってもったいないもの」

 クリスタルアーケードは美しいガラス張りのアーケード街で若い女性の好みそうな店が沢山あり、その中央にはラズラエル百貨店の本店が位置している。
カイが仕事がらみの用事で呼び出されてそもそもこちらに戻ってきたのだから、時間がかかりそうなバース検査やその他もろもろの健康診断の結果が出る間に用事をすませにいくというのだが、病院よりもアーケードのある駅の方が職場から近いのだ。

「だがな……。会計は後で俺の方に回されるからいいが、診察結果を一緒に確認したいんだ」
「やだあ。なんだか恥ずかしいから私は自分でちゃんと聞くからいいの。ヴィオの結果は私も一緒に聞くし」

 リアも病院にかかったことすらないが、大昔にバース性の検査を一応受けたことのある叔母の話からすると、人前で肌を晒して問診したり秘所から粘膜や分泌物を採取するなど若い女性にとっては恥ずかしいことの連続らしく、その結果をカイと聞くのはちょっと嫌だったようだ。

 ヴィオは敢えて何も言わずにリアのそのリアクションを良い方に受け取った。自分としてもバース検査の結果をいきなりカイに知られるのは気が重かったからだ。

(カイ兄さんから少し離れられるなら、明日の朝ホテルをこっそり抜け出していかなくても二人と別行動をとる隙ができる。起きてすぐ僕がいなかったら姉さんパニックになるかもしれないから、今のうちの方がいいかもしれないし)

「わかった。診察が終わっているかここに俺が連絡を入れて、終わっていたら直接クリスタルアーケードに向かう。ラズラエル百貨店の中にいてくれ。放送で呼び出しをしてもらうから。でももしも何か問題があったら、職場へ連絡できる番号がある。ラズラエル百貨店の電信の交換機を借りて通話させてもらってくれ。俺の職場に連絡を取ってくれれば、俺が出がけにそれを確認するから。今日の宿泊場所も百貨店の方が近い。疲れたら休める様にチェックインしておく」

「ありがとう、カイ兄さん」

 約束の時刻が迫っていたカイはそういいながら、リアに手早く番号をナプキンに書いて手渡した。
 カイは昇進したので軍の官舎の部屋が一人部屋になっていて本来ならば家族ならば泊ってもいいらしいのだが、流石に若い男所帯で飢えた狼だらけの宿舎にヴィオはともかくリアを泊めるのは憚られたのだ。

 食後にフルーツティーが振舞われ、オレンジ色に近い明るい影がテーブルクロスに落ちた。添えられたミントの葉をヴィオは戯れに指先で触れる。ゆっくりと底に沈んでいくそれをぼんやりと眺めていたら、立ち上がったカイの去り際にリアが弾む声で呼びかける。

「兄さん、今夜の夕食が楽しみだわ。私すごくおめかししていくわね。だからクリスタルアーケードで似合う服を買って欲しいな」

(大切な話……)

 列車内で眠りの際にいた時に聞こえた会話は気のせいではなかった。嫌な予感にグラスを押して倒しかけて慌ててもう片手で掴んだ。

「ああ、わかった。……ヴィオの上着も服も選んでやるといい。ここではその服は夜には冷えるだろうから」

「わかったわ。お仕事頑張ってきてね」

 しかしカイのその大事な話というのを、その晩ヴィオが聞くことはなかったのだ。
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