香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

中央駅1

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翌朝早く、父や叔母など親族に見送られながら、三人は中央へ向けて出発した。
 あれからずっと、移動の間、四人掛けの四角い座席に狭そうに座るカイが対角、姉とは向かい合って座りながらも二人と距離を置くように、ヴィオは車窓を眺めて押し黙ったままだ。
それをヴィオが昨日のことを照れているからと思ったのか、逆にカイは機嫌がよさげだ。

 あの後教室に現れたアン先生に抱き合っているところを見られて非常に気まずい思いをした。しかし先生が来てくれなければ危ないところだった。なぜだか身体中から力が抜けて、カイの意のままにされていたくなるような、危険で甘美な心地になってしまったのだ。

 カイがいう「香り」というのがフェロモンのことならば、あの近寄ると香るローズウッドのような甘くでも少し刺激的な香りがカイのフェロモンだということになる。
 カイはヴィオにフェロモンが効くのか試したのだろうか? 

 どちらにせよ危険だと思った。このまま傍にいたら、世間知らずの自分はカイのいい様にことを運ばれてしまいそうだ。

 そしてこれからのことを考えて、ヴィオは急に弱気になってきた。
アルファとベータにも、果たしてアルファのフェロモンは効くのだろうか? 

 カイに抱きしめられたときに漂った。あれを心地よいと思える自分のバース性はもしかしたら……。

 不安が胸に零れたインクのようにさあっと広がり、もしもオメガだった場合、一人で見知らぬ街で生きていこうとすることすら間違いなのではないかと、そんな風に考えてしまう自分がいた。

 誰かを心底「いい香り」と思った記憶。思い起こせるとすれば、幼い頃母親代わりのエレノアの腰元にくっついた時に胸いっぱいに吸い込んだあの安らげる香り、そしてセラフィンの甘美で気品がある香りに包まれて眠ったあの暖かい寝床。それ以来だろうか。

(でもカイ兄さんの香りは、ちょっと怖い。ぞくっとする。頭の芯がしびれるような、自分が自分じゃいられなくなるような気がした)

 トンネルに入り、窓に反射して映るカイをちらりと盗み見るように見ると、窓越しにカイと一瞬目が合った。心臓が強く波打ち、ヴィオは慌てて目を瞑るとしばし眠って英気を養うことにした。中央まではあと一刻ほどでつく予定なのだ。朝早くからバスにも揺られ、電車にもかなり揺られて適度な気温と静かな車内。眠くてたまらない。

(結局昨日色々考えすぎてあまり眠れなかったからこんな気分になっているだけだ。いいことだけ考えよう。眠って起きたら、きっと頭もすっきりしてるはず。先生に会えるかもしれないって、まずはそれだけ考えるんだ)

「ねえ、カイ兄さん聞いてるの?」

 甘えた声を出しながら、リアは恋する相手の視線の動きをつぶさに観察しては自分に意識を向けようと、ずっと頷くだけでは片づけられない問いを矢継ぎ早に繰り出し、意識的に会話を続けているのだ。

「ヴィオは寝かしておけばいいでしょ。それより今日は夜は時間が取れるのよね? 仕事場に顔を出すのは少しだけでしょ? 病院から何駅か先だけど、私行ってみたいお店が沢山あるの。夕食はカイ兄さんのおすすめのお店に連れて行って。中央は今どんなお店が流行っているの? 教えて欲しいの、ね?」
「夕食は……。もう店を予約してあるんだ。明日は朝からリアの行きたい店に付き合うから、今晩はそこで食事をしてほしい。大事な話があるんだ」
「大事な話?……」

 姉とカイの会話がどんどん遠のいていき、時折がたんとゆれる電車の振動からひじ掛けについた手から頭が落ちそうになる。ゆらゆらと揺れる身体が逆側に傾けられ固定される。またあの香りが鼻の奥を愛撫するかのように漂い、誘われた微睡の中でヴィオはまたカイの腕に雁字搦めに縛られ、身動きが取れなくなる夢を見た。


 中央についたとき、対角に座っていたはずのカイが正面のヴィオの隣に移動してきていて、ヴィオはその肩に寄りかからされて眠っていたと気が付いた。

 いやに眩しい光が窓から差し込んいて、次の瞬間日が陰った。ゆっくりと列車が駅の構内に入ってきたところだった。

「起きたか? ヴィオ。窓の外を見てごらん」

 間近で目が合ったカイはまたあの蕩ける様に甘い目線でヴィオを見下ろしてにこりと笑う。初めて中央の駅を開け放った窓から人で溢れたホームを眺めたヴィオは、興奮から思わず起ちあがった。

「ついたんだね! 中央に」


 






















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