香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

従兄弟の帰郷7

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「カイ兄さん、なに?」

 部屋のドアを薄く開けて少しだけ外を覗くようにしたら、カイがそこに立っていた。やはり微塵も酒に酔ってはおらず、すっきりとした顔をしていた。

「ヴィオに話をしておこうと思ったことがあったんだ。さっき話せなかったから」

 カイは部屋に入りたそうなそぶりを見せたが、ヴィオはそのままもう少しだけ扉を開いてカイを見上げた。

「なに?」

 思わずつんとした声を出してしまったら、カイが大きな目を見張って少しだけ驚いた顔をする。

「おっかない声だな。リアみたいだぞ」

 きょとんとした表情をしたヴィオは、もう調子を崩されて、普段のように声を上げてコロコロと笑ってしまった。
 なんだかんだつっけんどんな態度を取ろうとしても、やはり結局慣れていなくてすぐに素がでてしまう。ヴィオは根が素直なせいか、結局年頃の不機嫌さも大して長続きしないのだ。

「なにそれ。カイ兄さんも、リア姉さんのことおっかないって思ってたの?」
「お前もか? リアには言うなよ。ここだけの話、お前のことを叱り飛ばすときのリアはなんというか。アガ伯父さんそっくりな表情するだろ。あれはなかなか迫力がある。初めて配属された基地にいた上官みたいな、有無を言わせぬ叱り飛ばし方だ」
「そうそう。姉さん眉毛とか目元とかよく見ると父さんに似てるよね。こう、目と眉毛が吊り上がっててさ」
「リアは美人だが、ちょっときつめだ。ヴィオの方が可愛い顔をしてるよな。笑うとさ、目じりが少し下がるだろ。これが愛嬌があっていいんだ」

 そう言いながらカイはまた大きな手で頭を掴み上げて、子どもの頃のように遠慮なくヴィオの頭をぐしゃぐしゃに撫ぜた。

「やめてよ、兄さん」

(兄さんとはずっと、こんなふうに普通の従兄弟同士でいられたらいいのにな。それじゃ駄目なのかな…… 嫌いになんてなれないよ)

 心のうちを隠しながら二人でふざけていたら、本当に眉毛と目を吊り上げたリアが階段の上り間口に腕を組んで立っていた。

「こんなところでこそこそと、男二人で私の悪口言ってるの? ヴィオ覚えてらっしゃいよ。カイ兄さんもひどいわ。ねえ。ヴィオ。さっき下ですごい発表があったんだから」

 つかつかとこちらに歩いてくるリアは悪口を言われたばかりなのにカイをみて頬を染めたり笑ったりと百面相の様相だ。そして足取りからして軽く、機嫌がいい。
 『発表』の単語に息をのみながらも、ヴィオは努めて平静を装い、「すごい発表って?」と姉に飾らぬ声色で聞いた。

「ヴィオ! 私たち明後日中央に行けるのよ? 」
「へえ……」

 すでに知っていることを姉の口から言われたが、どこまで姉が知っているのかもわからずそれを探る気持ちが頭をよぎってしまい、どうしても生返事になってしまった。

 リアはもっと大仰にヴィオが驚くとばかりに思っていたのか、つまらなそうな顔をした。

「なによ、ヴィオはいつも中央に行きたがってたじゃない」
「そうなのか?」
「……そりゃ、いきたいでしょ。誰だって」

 ヴィオは言葉を濁したがリアは弟の頭を小突くとカイの隣に寄り添った。

「セラフィン先生に会いたい会いたいって、ずっと言ってたじゃない」

 余計なことを言うな、とリアを思わず睨みつけたら、カイはそれを聞き逃さず、また先ほどの祠の前で出されたような怖い声で訊き返してきた。

「セラフィン先生って、昔ここにきたあの先生か?」

 ちらり、と流し目で見られた目線の鋭さにヴィオは何か感づかれでもしないかと先程までの緩んだ気持ちに冷たい水を浴びた心地になった。

「ヴィオはさ、今でも……」
「カイ兄さん! 中央に連れて行ってくれるの? 前から見たかった動物園とか、博物館とか、美術館とか。僕行きたいところ沢山あるよ」

 リアがこれ以上カイに余計なことを言わせないように明るい声で強請る様にカイにいってその腕をとった。

 負けじとリアもカイにぶら下がる様に腕に抱き着き、子どもの頃はよくそうしていたように二人してカイに甘えるような格好になった。
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