香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

従兄弟の帰郷4

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 暑いぐらいの熱気のある集会所の中がとても息苦しく感じて、ヴィオはそっと席を立つと表に出て少しだけそこから離れた大地の女神を祭る祠に来た。

 祠の横にある大きな石に腰を掛けて、後ろにある木を背もたれにして涼しい風を浴びると森林の香りに包まれて少しだけ心が落ち着いた。

(じゃあ誰ならいいんだ。誰となら番える? 誰となら恋することができる?)

 学校に入学したときは幼いばかりだった年下の少女たちも今では入学した時のヴィオと同じかそれより少し年上になって、寄ると触ると恋の話をしている。
 もちろんヴィオも年少の男女問わずに憧れられていて、真剣に、純粋な想いを打ち明けられたこともある。応えられなかったけど、その気持ちだけはありがたかった。

 しかしヴィオ自身は、少女たちに思いを寄せたこともなければ、もちろん青年たちと恋をしたこともない。幼い頃は少女のように見られがちで街で男たちからしつこく言い寄られたり嫌なことをされたことも多かったので勝手に恋慕されることは迷惑でしかなかった。

 ヴィオにとっては今も昔も想いを寄せているとはっきり言える相手といえばセラフィンだけだ。それだってただの思慕と何が違うのかわからない。

 試しに想像してみた。

(セラフィン先生と抱き合う……。きっとできる)

 暖かな腕に抱かれて眠ったのは本当に心地が良かった。
 セラフィンの香り。凄く心惹かれた。甘くて気品があって、でも最後は後を引くような不思議で妖しくもある香り。いつまでも包まれていたかった。
 セラフィンに撫ぜられると心は踊り、口づけを受けたら頭のてっぺんであってもじんじんと熱を持った心地がした。

(もしも先生の唇が、僕の口に触れたら?)

 ヴィオは目を瞑ったまま、小首をかしげて自らの唇に指先を触れさせた。

(どんな感じなのだろう。この指先よりはきっと柔らかいよね。先生の薄いけれど形の良い唇。綺麗なあの青い目にまた見つめられたい)

 セラフィンに抱きかかえられて、彼を間近で見下ろした甘い記憶。
 ヴィオがうっとりするような顔をしたまま、ショールでさらにわが身を包もうと体勢を変えた時、不意に至近距離に人の気配を感じて大きく目を開けた。

「カイ兄さん! 」

 目の前にかがんだカイの横顔があって驚いて身を引くと腰かけていた平たい大岩から転がり落ちそうになったので、カイが慌てて腕を伸ばして抱きとめた。

「ショールが落ちかけてたから、直そうとしただけだ。そんなに驚かなくても」

 不自然だっただろうか。態度に出てしまったことをまずいと感じてヴィオは努めて普段通り兄に接するように口元だけでニコニコとした。
 実際最近のヴィオときたら物思いにふけることも多くて、すごく大人びたと里のものたちには言われていたのだが、そのあたりは構わずにあえて子供っぽく接する。逆に兄に対しての警戒心がそうさせているのかもしれないが。

「今日の主役なのにこんなところに来てはダメでしょ」
「ちょっと酒を飲まされすぎて暑くなったから……」

(浴びる程飲んでも酔わないくせにね)

 満ちた月に照らされた顔は平静そのものだ。足運びも今の俊敏な動きも、まるで酔いを感じさせない。
 不審げにじっと見つめるヴィオに、カイは少しだけ照れ焦ったような口ぶりで言い訳を始めた。

「ちょうどヴィオが出ていくところをみかけたから、久しぶりに話をしようかと思ったんだ」

 カイはそう言いながらヴィオの隣に腰を掛けて、赤いショールを女性にするように優しくかけなおしてくれた。なんだか居心地が悪くてヴィオは少しそわそわしてきた。

「ヴィオ、ちょっと見ない間に大人っぽくなったな。それにとても……綺麗になった」

 いいしな乱れた髪を直されて、硬い掌が耳を掠めながら髪を後ろに払っていった。くせ毛のある髪に埋もれていた顔立ちをよくよく見える様にして、カイは美しい花を愛でるような甘い雰囲気で目を細めた。

「綺麗って……。かっこよくなったって言ってよ。僕だって成人したんだから、背だって伸びたよ」
「でもまだまだほっそりしてる。ヴィオはこれ以上は大きくならないタチかもしれないな」
「そんなことまだわからないでしょ?」

 無駄話をしながらも、内心ヴィオは焦り倒していた。もしもカイから先ほどの話を告げられたらどう返したらいいのか。その答えを持たないまま二人きりになってしまったからだ。

 カイはそんな気持ちを知ってか知らずか。となりに座っているのが妙に近く感じる。

(座ってても、でっかい……)

 それにしてもいつ見ても立派な体格だ。ヴィオだってここ数年でぐいぐい背が伸びてきたけれど、骨格からしてカイとはまるで違う気がする。
 カイの鍛え抜かれた身体は、厚みがあって筋肉質で、でもバランスよく整っている。学校の本で見た彫像のようだ。今ではアガよりも身体が一回りは大きい。
 親族の欲目かもしれないが、見た目も精悍でハンサムこの上ないし、絶対にどこでだって女性にモテていると思う。
 姉さんはともかくヴィオと番になるなんて、どうしてそんなことを考えているのか。それともアガに頼み込まれているのか。
どちらにしてもとても歓迎できないが。

 反らしていた目をふと上げると、じっとこちらを見つめるカイの緑色の瞳と目が合った。若葉よりは少し深い緑でヴィオと同じように薄くぐるりと金色の環がある。その目が優しく微笑んできた。カイは昔からそうだ。とても大切なもののようにヴィオとリアを扱ってくれる。リアはその特別扱いが自分にだけ向けられないのが不服みたいだが、エリノア叔母さんのところに子供が生まれるまでヴィオが一番年下だったのだからカイは色々と気にかけてきてくれたのだろう。

 里に戻るたびに沢山お土産を持って帰ってきてくれて、カイの膝の上で外の世界の話を聞くことが小さなころのヴィオには唯一で一番の楽しみだった。

 
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