香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
39 / 222
再会編

従兄弟の帰郷4

しおりを挟む
 暑いぐらいの熱気のある集会所の中がとても息苦しく感じて、ヴィオはそっと席を立つと表に出て少しだけそこから離れた大地の女神を祭る祠に来た。

 祠の横にある大きな石に腰を掛けて、後ろにある木を背もたれにして涼しい風を浴びると森林の香りに包まれて少しだけ心が落ち着いた。

(じゃあ誰ならいいんだ。誰となら番える? 誰となら恋することができる?)

 学校に入学したときは幼いばかりだった年下の少女たちも今では入学した時のヴィオと同じかそれより少し年上になって、寄ると触ると恋の話をしている。
 もちろんヴィオも年少の男女問わずに憧れられていて、真剣に、純粋な想いを打ち明けられたこともある。応えられなかったけど、その気持ちだけはありがたかった。

 しかしヴィオ自身は、少女たちに思いを寄せたこともなければ、もちろん青年たちと恋をしたこともない。幼い頃は少女のように見られがちで街で男たちからしつこく言い寄られたり嫌なことをされたことも多かったので勝手に恋慕されることは迷惑でしかなかった。

 ヴィオにとっては今も昔も想いを寄せているとはっきり言える相手といえばセラフィンだけだ。それだってただの思慕と何が違うのかわからない。

 試しに想像してみた。

(セラフィン先生と抱き合う……。きっとできる)

 暖かな腕に抱かれて眠ったのは本当に心地が良かった。
 セラフィンの香り。凄く心惹かれた。甘くて気品があって、でも最後は後を引くような不思議で妖しくもある香り。いつまでも包まれていたかった。
 セラフィンに撫ぜられると心は踊り、口づけを受けたら頭のてっぺんであってもじんじんと熱を持った心地がした。

(もしも先生の唇が、僕の口に触れたら?)

 ヴィオは目を瞑ったまま、小首をかしげて自らの唇に指先を触れさせた。

(どんな感じなのだろう。この指先よりはきっと柔らかいよね。先生の薄いけれど形の良い唇。綺麗なあの青い目にまた見つめられたい)

 セラフィンに抱きかかえられて、彼を間近で見下ろした甘い記憶。
 ヴィオがうっとりするような顔をしたまま、ショールでさらにわが身を包もうと体勢を変えた時、不意に至近距離に人の気配を感じて大きく目を開けた。

「カイ兄さん! 」

 目の前にかがんだカイの横顔があって驚いて身を引くと腰かけていた平たい大岩から転がり落ちそうになったので、カイが慌てて腕を伸ばして抱きとめた。

「ショールが落ちかけてたから、直そうとしただけだ。そんなに驚かなくても」

 不自然だっただろうか。態度に出てしまったことをまずいと感じてヴィオは努めて普段通り兄に接するように口元だけでニコニコとした。
 実際最近のヴィオときたら物思いにふけることも多くて、すごく大人びたと里のものたちには言われていたのだが、そのあたりは構わずにあえて子供っぽく接する。逆に兄に対しての警戒心がそうさせているのかもしれないが。

「今日の主役なのにこんなところに来てはダメでしょ」
「ちょっと酒を飲まされすぎて暑くなったから……」

(浴びる程飲んでも酔わないくせにね)

 満ちた月に照らされた顔は平静そのものだ。足運びも今の俊敏な動きも、まるで酔いを感じさせない。
 不審げにじっと見つめるヴィオに、カイは少しだけ照れ焦ったような口ぶりで言い訳を始めた。

「ちょうどヴィオが出ていくところをみかけたから、久しぶりに話をしようかと思ったんだ」

 カイはそう言いながらヴィオの隣に腰を掛けて、赤いショールを女性にするように優しくかけなおしてくれた。なんだか居心地が悪くてヴィオは少しそわそわしてきた。

「ヴィオ、ちょっと見ない間に大人っぽくなったな。それにとても……綺麗になった」

 いいしな乱れた髪を直されて、硬い掌が耳を掠めながら髪を後ろに払っていった。くせ毛のある髪に埋もれていた顔立ちをよくよく見える様にして、カイは美しい花を愛でるような甘い雰囲気で目を細めた。

「綺麗って……。かっこよくなったって言ってよ。僕だって成人したんだから、背だって伸びたよ」
「でもまだまだほっそりしてる。ヴィオはこれ以上は大きくならないタチかもしれないな」
「そんなことまだわからないでしょ?」

 無駄話をしながらも、内心ヴィオは焦り倒していた。もしもカイから先ほどの話を告げられたらどう返したらいいのか。その答えを持たないまま二人きりになってしまったからだ。

 カイはそんな気持ちを知ってか知らずか。となりに座っているのが妙に近く感じる。

(座ってても、でっかい……)

 それにしてもいつ見ても立派な体格だ。ヴィオだってここ数年でぐいぐい背が伸びてきたけれど、骨格からしてカイとはまるで違う気がする。
 カイの鍛え抜かれた身体は、厚みがあって筋肉質で、でもバランスよく整っている。学校の本で見た彫像のようだ。今ではアガよりも身体が一回りは大きい。
 親族の欲目かもしれないが、見た目も精悍でハンサムこの上ないし、絶対にどこでだって女性にモテていると思う。
 姉さんはともかくヴィオと番になるなんて、どうしてそんなことを考えているのか。それともアガに頼み込まれているのか。
どちらにしてもとても歓迎できないが。

 反らしていた目をふと上げると、じっとこちらを見つめるカイの緑色の瞳と目が合った。若葉よりは少し深い緑でヴィオと同じように薄くぐるりと金色の環がある。その目が優しく微笑んできた。カイは昔からそうだ。とても大切なもののようにヴィオとリアを扱ってくれる。リアはその特別扱いが自分にだけ向けられないのが不服みたいだが、エリノア叔母さんのところに子供が生まれるまでヴィオが一番年下だったのだからカイは色々と気にかけてきてくれたのだろう。

 里に戻るたびに沢山お土産を持って帰ってきてくれて、カイの膝の上で外の世界の話を聞くことが小さなころのヴィオには唯一で一番の楽しみだった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

処理中です...