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再会編
従兄弟の帰郷1
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ヴィオが目を醒ますと、そこは学校長の部屋ではなく、電気もつけずに薄暗い部屋の、大きな木目の低い天井が夕日に浮かんで見えた。
母の形見の赤いショールを肩から掛けていたけれどいつの間にか寝転んでいたらしく、身体が冷えたのか少しだけ咳がでた。
夏とはいえ夕方になると山下ろしの風が吹いてきてぐっと涼しくなるのが山里だ。
(あ、僕寝ちゃってた……)
寝ている間に15歳の頃の夢を見ていた。今は仲睦まじい番同士として街でも里でも知れ渡っている、レイ先生とカレブさんが番になった時のことをまた夢に見ていたらしい。
あれは強烈な原体験としてヴィオの心身に刻みつけられていて、こうして度々夢に出てくる。
あの日、父が学校にヴィオを迎えに来た。ほぼ初めてフェル族の先祖返りの力『獣性』を前面に出した上、思春期の身体に大量の性フェロモンを浴び、ほとんど茫然自失になったヴィオは失神するように眠ったまま父親に抱かれて帰宅した。
ヴィオが里から学校に通うことに賛成もこれといった反対もしていないような、はっきりした態度を見せないできた父が学校に来たのは、ヴィオが通い始めた時の一回とその時だけだった。
レイ先生はヴィオに自身の発情期を見せるというセンシティブな出来事に巻き込んでしまったことに対する深い負い目から、苦労して得て心血を注いだ仕事を一度は手放そうとした。
晴れてパートナーとなったカレブさんと共に落ち着いてから里に謝りに来てくれたが、アルファであるヴィオの父はカレブさんとレイ先生の気持ちを誰よりも汲むことができて、二人は今まで通り働いてくれることになったのだ。
もっと言えば、唯一この地域でアガだけが求めあう番同士の気持ちを推し量ることができたともいう。学校長と話をしてくれて、二人に対してお咎めなしでヴィオの家族と学校の間だけの話として穏便に解決してくれたのだ。
いつも何を考えているのかわからない、ただただ怖いとしか思えなかった父親のことを、ヴィオは初めて近しく頼もしく感じた。
そして同時に番を得たいと強烈に願うアルファの意志、アルファを求めるオメガの求心力の強さ。どちらの執着も恐ろしく思えたのだ。
(いつも穏やかなレイ先生と、カレブさんがあんな風に我を失ってしまうなんて)
それまでヴィオは自分のバース性について特に考えたこともなかったし、別段気にしたこともなかった。それになんの不都合も感じなかったし、アルファやオメガがすぐ身近にいなかったためこれと言って意識したことがなかったのだ。
しかし俄かに思春期の少年らしく興味が生まれてきて、どうしても知りたいような、しかし知るのが怖いような。そんな相反する気持ちは心身の成長と共に強くなってきた。もちろんそれは至極自然なことだ。
それとともに当然、敬愛するセラフィンのバース性についても気になって色々夢想してみた。そして美しく賢く強いセラフィン先生は、どう考えてもアルファなのではないかと思ったのだ。
(きっとさ、先生は中央のお医者様でかっこよくて、多分アルファで、素敵なオメガの女性ともう結婚しているのかな……)
何故かそう思うと寂しい気持ちになるのか。幸せを願っているはずなのに、なぜか胸がきゅうきゅうと締め付けられるのが嫌で、ヴィオはそのことをあえて考えないことにしていた。
昼過ぎには親戚の皆が(つまり里の大方の人間だ)が集まるための集会所の準備を終えたのに、姉のリアや親せきの女性たちがあまりに口うるさく人では足りているのに、その他も手伝えと言ってくることに思春期のヴィオは嫌気がさしてしまった。
自宅を離れて山の中にある、父がほとんど独力で作った一族の伝統的な家へこっそり逃げ出してきて本を読んでいたが、昨日も夜遅くまで本を読んでいたのが祟ってうたた寝をしてしまったようだ。
屋根裏の部屋のようなこの空間はこっそり忍び込んでいるのには最適で、ヴィオは人目だらけの狭い里の中で一人になりたいときはここにきているのだ。
開いていた本を閉じてとりあえずその場に置くと、ゆっくりと急な階段を下に降りていく。しかし途中で話声に気が付いて思わずこんなところに潜んでいたという後ろめたさで止まると、ヴィオはその場に座り込んだ。
(この声、父さんとカイ兄さん?)
今日の主役であるはずのカイと父とがこんなところで二人きりで話をしているということは、いよいよリアへの婚姻の申し込みは近いのかもしれない。
ヴィオにとっては予定調和の出来事の一つでしかなく、取り立てて興味をそそられることでもなかったが、大切な話をしているときに近くを通り過ぎることは流石に不躾すぎてできなかった。
薄暗い階段の上で耳を澄ませていると、カイの低く男らしくよく通る声が部屋の中央の方から聞こえてきた。
「……せっかく里に帰ってきたのですが、どうしても急な用事が入ってしまって明後日には一度中央に戻らねばならなくなりました。そのあとはまた休暇を取ることができているので。この際、中央に連れて帰りたいんです。いけませんか?」
(中央に連れて帰る?)
母の形見の赤いショールを肩から掛けていたけれどいつの間にか寝転んでいたらしく、身体が冷えたのか少しだけ咳がでた。
夏とはいえ夕方になると山下ろしの風が吹いてきてぐっと涼しくなるのが山里だ。
(あ、僕寝ちゃってた……)
寝ている間に15歳の頃の夢を見ていた。今は仲睦まじい番同士として街でも里でも知れ渡っている、レイ先生とカレブさんが番になった時のことをまた夢に見ていたらしい。
あれは強烈な原体験としてヴィオの心身に刻みつけられていて、こうして度々夢に出てくる。
あの日、父が学校にヴィオを迎えに来た。ほぼ初めてフェル族の先祖返りの力『獣性』を前面に出した上、思春期の身体に大量の性フェロモンを浴び、ほとんど茫然自失になったヴィオは失神するように眠ったまま父親に抱かれて帰宅した。
ヴィオが里から学校に通うことに賛成もこれといった反対もしていないような、はっきりした態度を見せないできた父が学校に来たのは、ヴィオが通い始めた時の一回とその時だけだった。
レイ先生はヴィオに自身の発情期を見せるというセンシティブな出来事に巻き込んでしまったことに対する深い負い目から、苦労して得て心血を注いだ仕事を一度は手放そうとした。
晴れてパートナーとなったカレブさんと共に落ち着いてから里に謝りに来てくれたが、アルファであるヴィオの父はカレブさんとレイ先生の気持ちを誰よりも汲むことができて、二人は今まで通り働いてくれることになったのだ。
もっと言えば、唯一この地域でアガだけが求めあう番同士の気持ちを推し量ることができたともいう。学校長と話をしてくれて、二人に対してお咎めなしでヴィオの家族と学校の間だけの話として穏便に解決してくれたのだ。
いつも何を考えているのかわからない、ただただ怖いとしか思えなかった父親のことを、ヴィオは初めて近しく頼もしく感じた。
そして同時に番を得たいと強烈に願うアルファの意志、アルファを求めるオメガの求心力の強さ。どちらの執着も恐ろしく思えたのだ。
(いつも穏やかなレイ先生と、カレブさんがあんな風に我を失ってしまうなんて)
それまでヴィオは自分のバース性について特に考えたこともなかったし、別段気にしたこともなかった。それになんの不都合も感じなかったし、アルファやオメガがすぐ身近にいなかったためこれと言って意識したことがなかったのだ。
しかし俄かに思春期の少年らしく興味が生まれてきて、どうしても知りたいような、しかし知るのが怖いような。そんな相反する気持ちは心身の成長と共に強くなってきた。もちろんそれは至極自然なことだ。
それとともに当然、敬愛するセラフィンのバース性についても気になって色々夢想してみた。そして美しく賢く強いセラフィン先生は、どう考えてもアルファなのではないかと思ったのだ。
(きっとさ、先生は中央のお医者様でかっこよくて、多分アルファで、素敵なオメガの女性ともう結婚しているのかな……)
何故かそう思うと寂しい気持ちになるのか。幸せを願っているはずなのに、なぜか胸がきゅうきゅうと締め付けられるのが嫌で、ヴィオはそのことをあえて考えないことにしていた。
昼過ぎには親戚の皆が(つまり里の大方の人間だ)が集まるための集会所の準備を終えたのに、姉のリアや親せきの女性たちがあまりに口うるさく人では足りているのに、その他も手伝えと言ってくることに思春期のヴィオは嫌気がさしてしまった。
自宅を離れて山の中にある、父がほとんど独力で作った一族の伝統的な家へこっそり逃げ出してきて本を読んでいたが、昨日も夜遅くまで本を読んでいたのが祟ってうたた寝をしてしまったようだ。
屋根裏の部屋のようなこの空間はこっそり忍び込んでいるのには最適で、ヴィオは人目だらけの狭い里の中で一人になりたいときはここにきているのだ。
開いていた本を閉じてとりあえずその場に置くと、ゆっくりと急な階段を下に降りていく。しかし途中で話声に気が付いて思わずこんなところに潜んでいたという後ろめたさで止まると、ヴィオはその場に座り込んだ。
(この声、父さんとカイ兄さん?)
今日の主役であるはずのカイと父とがこんなところで二人きりで話をしているということは、いよいよリアへの婚姻の申し込みは近いのかもしれない。
ヴィオにとっては予定調和の出来事の一つでしかなく、取り立てて興味をそそられることでもなかったが、大切な話をしているときに近くを通り過ぎることは流石に不躾すぎてできなかった。
薄暗い階段の上で耳を澄ませていると、カイの低く男らしくよく通る声が部屋の中央の方から聞こえてきた。
「……せっかく里に帰ってきたのですが、どうしても急な用事が入ってしまって明後日には一度中央に戻らねばならなくなりました。そのあとはまた休暇を取ることができているので。この際、中央に連れて帰りたいんです。いけませんか?」
(中央に連れて帰る?)
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