香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

レイ先生3

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 レイ先生の顔はまたこちらからでは見えなくなったが、レストランで鍛え上げたカレブの筋肉質な背に回された先生の指先は悩ましく、背をかき混ぜるように動く。そして彼の腕の中でレイは震える甘い声で静止をねだる。

「カレブ、待ってください。お願い……」

 しかし荒い息を吐くカレブの貌からは日頃の愛嬌のある優しい笑みが消え、大きな口を開いていく彼は、獲物を狙い牙を剥く恐ろしい獣のように見えた。

 項に顔を寄せられ熱い吐息を振りかけられたレイは悲鳴を上げ、その声に突き動かされるように、ヴィオの身体の奥底で何かが燃え立つように湧き上がる。
 足の指が地面を掴むように曲げられ、へその下の辺りに熱い塊がせりあがる様に力が生まれる。

(先生が噛まれちゃう!!!)

 髪が総毛だつようにざわざわと頭皮を血潮が駆け抜け、ヴィオの日頃落ち着いた紫色の瞳の中に浮かぶ金色の環が、太陽の環のように一瞬にして広がった。
 身体中の血が湧き上がり、信じられないような高揚感と、今まで感じた事のないような好戦的な衝動が襲ってくる。フェル族としての本能がヴィオの中に瞬時に広がり、先祖返りのような力の奔流が沸き起こる。

 そこからは一瞬の出来事だった。薄く開いていた扉を大きく外に向けて中に入ったヴィオは右手に持った水差しの水をカレブの頭目がけて派手に引っ掛ける。そのまま前に飛んだ水差しがひしゃげた音を立てて窓枠に当たって床に落ち大きな音を立てて割れあちこちに飛び散った。
 そしてカレブが怯んだところに細いがしなやかで強靭な足を一閃させて後頭部を横から蹴りつける。わさっと髪の毛がむき出しの足の甲にふれ、生々しい感覚にヴィオの心音は叩かれたようにどくんと大きくなった。

 不意を突かれて頭に一撃を受けたカレブは、膝から崩れるようにして昏倒しかけたのを、もう一度もっと大きな声で悲鳴を上げたレイ先生が大きな身体を必死で抱きとめる。一瞬で大きな獲物を仕留めたヴィオだが、倒れていくカレブの蒼白の顔を見て息が止まる心地がした。

「カレブ! ああ! しっかりして。カレブ!!」

足元までずるずると倒れていく大きく重量感のある身体を抱きしめて、レイは恋人の顔や髪にキスを落としながら半狂乱になって泣き崩れていったのだ。

(どうしよう!! 僕! カレブさんを!)

 足の甲に残る鈍い痛みが蹴りつけた重さと強さを物語っていた。
 昏倒したカレブと彼に縋るレイの姿を見て身体がガタガタと高熱を出した時のように震えが走る。初めて人を傷つけてしまったことに、ヴィオの瞳から黄金の輝きはすうっと引き、代わりに見る見るうちに涙が溢れてぽたぽたと床に零れ落ちていった。
子どもたちを見送り宿舎に戻ったアンが異変に気が付き二階にやってきた時、ヴィオは放心したように床にへにゃりと座り込み、カレブは僅かな時間意識を飛ばしたものの起き上がると、泣きじゃくるレイを正面から抱えて砕けた水差しの水色のガラスを避けて寝台の上に座り込んでいた。

 気丈なアンは三人の姿にある程度を悟り、片手でレイを片手で自らの頭を押さえているカレブを怒鳴りつける。

「なに! 何が起きたの!」

 ヴィオに頭を蹴りつけられたことにより、レイの発情フェロモンに飲まれていた頭が一瞬正気に返ったようだ。普段通りの顔とはいかないが、愛し気にほほえんで腕の中のレイの身体を抱きしめると、彼を抱えなおして寝台の中に戻そうとする。しかし逆にレイの方が彼の背に回した手を放そうとしない。

「い、いや。離さないでください。僕をはなさないでっ! カレブ!」

 嫌々するレイを寝台の上で抱え上げたまま、カレブはレイを抱えていた両腕を前に向かってそろえて差し出してきた。
 その腕をまじまじと見つめるアンも、修羅場にすっかり気が動転しているのか、日頃の淑やかな動きをかなぐり捨てて、裾の長い紺色のスカートに隠れた足を大きく開いてどかっと床に座ると、震えるヴィオを後ろから抱えるように抱きしめた。

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