香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
33 / 222
再会編

レイ先生2

しおりを挟む
「抑制剤を飲んで仕事をしてきたのだけれど…… 最近効き目が悪くなってしまって。小さな子供には影響はないけれど、それでも発情期に急に入ってしまったりしたりとか、万が一に備えて、思春期に近づいたヴィオと二人きりにならないようにしてきた。けしてヴィオのことを嫌いになったわけじゃないよ。君は僕の初めての生徒で、一番頑張り屋の素敵な男の子だよ」

 先生の微笑みが優しく、しかし少しだけ寂しそうでもあった。ヴィオは先生に嫌われたわけではなかったとホッとしながらも、その切なげな笑みに胸を締め付けられた。そして不思議とその寂し気な表情から中央にいるセラフィンを思い起こしていた。

 実際のところ先生がオメガであることがどうしてヴィオに関係があるのかまだまだ性的なことに疎いヴィオにはまるでわからなかったのだ。
 だが間もなくある時事件が起きたのだ。

 その日もいつも通りの放課後だった。
 レイ先生は体調が優れないということで、早めに授業を終えて宿舎で休んでいた。用務さんは街へ学校長と用事があって少しだけ留守にするといわれ、ヴィオはアン先生とともに授業を終えた子供たちがバスに乗り込むのを見守っていたのだ。

 レイ先生は数カ月に一度こうして熱を出して寝込む。それが発情期であるとは今一歩理解の及ばぬヴィオは心配になって飲み物を持って教員宿舎を訪ねていった。

 宿舎の玄関先には箱に入った沢山の野菜や瓶詰などの食材が置き去りになっていて、ドアも開いたままだった。裏道に繋がるところにレストランのお兄さんがいつも乗っている三輪の車が止まっていたから、きっと彼がこれを置いていったのだろう。

 二階の先生の部屋に行こうと階段を上がっていくと、何やら甘い香りとともに男たちの、言い争うような声が聞こえてきたのだ。

 背筋をゾクゾクと悪寒とも怯えともつかない何かがはい登り、ヴィオは足が震え出すのを抑えきれない。しかしなんとか先生の部屋の前までたどり着いたのだ。
 扉が少し開いていた。中には寝台の前に立ち、もみ合う二人の姿がヴィオの目に飛び込んできた。腰を抜かすほど驚いて、水差しを落としかけて我に返ると、持ち前の反射神経でもってぎゅっと握りしめる。
 扉の隙間からどんどんとバニラクッキーのような甘い香りが立ち昇ってドキドキしてきた。

 アッシュブロンドの髪の大男が、ほっそりした先生の肩を逃がすまいと掴み上げているようかのように見える。
 その大きな後ろ姿からもわかる。子どもたちにも優しくて親切な、レストランの料理長、カレブさんだった。先生が彼から逃れるように身をよじり、ダークブラウンの柔らかな髪を振り乱して首を振る。

 逃げようとしているのか、相手を誘うようにしなだれかかっているのか。
判じがたいほど日頃の先生とはまるで別人のようなその姿。長い裾の白い寝巻から伸びた初めて見る先生の足は真っ白で女性のそれに近いほどしなやかだ。

 男の背から時折覗くその顔はいつもの学者然とした先生ではなく、頬が赤く染まり眼鏡のない砂糖を溶かしたカラメルのような甘い目元からは大粒の涙が零れ落ち、唇も赤く染まって半ば開かれ。その蠱惑的な色気にヴィオは衝撃を覚えた。

(これが、オメガ?)

 ついにカレブの腕の中に捕まった先生は、逞しい抱きすくめられたまま情熱的に愛を囁かれていた。

「レイ、愛してる。俺にはお前だけなんだ。一生大切にする。お前を無理やり従わせて、番にしようとしたやつのことなんか忘れて、俺の番になってくれ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

処理中です...