香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

レイ先生2

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「抑制剤を飲んで仕事をしてきたのだけれど…… 最近効き目が悪くなってしまって。小さな子供には影響はないけれど、それでも発情期に急に入ってしまったりしたりとか、万が一に備えて、思春期に近づいたヴィオと二人きりにならないようにしてきた。けしてヴィオのことを嫌いになったわけじゃないよ。君は僕の初めての生徒で、一番頑張り屋の素敵な男の子だよ」

 先生の微笑みが優しく、しかし少しだけ寂しそうでもあった。ヴィオは先生に嫌われたわけではなかったとホッとしながらも、その切なげな笑みに胸を締め付けられた。そして不思議とその寂し気な表情から中央にいるセラフィンを思い起こしていた。

 実際のところ先生がオメガであることがどうしてヴィオに関係があるのかまだまだ性的なことに疎いヴィオにはまるでわからなかったのだ。
 だが間もなくある時事件が起きたのだ。

 その日もいつも通りの放課後だった。
 レイ先生は体調が優れないということで、早めに授業を終えて宿舎で休んでいた。用務さんは街へ学校長と用事があって少しだけ留守にするといわれ、ヴィオはアン先生とともに授業を終えた子供たちがバスに乗り込むのを見守っていたのだ。

 レイ先生は数カ月に一度こうして熱を出して寝込む。それが発情期であるとは今一歩理解の及ばぬヴィオは心配になって飲み物を持って教員宿舎を訪ねていった。

 宿舎の玄関先には箱に入った沢山の野菜や瓶詰などの食材が置き去りになっていて、ドアも開いたままだった。裏道に繋がるところにレストランのお兄さんがいつも乗っている三輪の車が止まっていたから、きっと彼がこれを置いていったのだろう。

 二階の先生の部屋に行こうと階段を上がっていくと、何やら甘い香りとともに男たちの、言い争うような声が聞こえてきたのだ。

 背筋をゾクゾクと悪寒とも怯えともつかない何かがはい登り、ヴィオは足が震え出すのを抑えきれない。しかしなんとか先生の部屋の前までたどり着いたのだ。
 扉が少し開いていた。中には寝台の前に立ち、もみ合う二人の姿がヴィオの目に飛び込んできた。腰を抜かすほど驚いて、水差しを落としかけて我に返ると、持ち前の反射神経でもってぎゅっと握りしめる。
 扉の隙間からどんどんとバニラクッキーのような甘い香りが立ち昇ってドキドキしてきた。

 アッシュブロンドの髪の大男が、ほっそりした先生の肩を逃がすまいと掴み上げているようかのように見える。
 その大きな後ろ姿からもわかる。子どもたちにも優しくて親切な、レストランの料理長、カレブさんだった。先生が彼から逃れるように身をよじり、ダークブラウンの柔らかな髪を振り乱して首を振る。

 逃げようとしているのか、相手を誘うようにしなだれかかっているのか。
判じがたいほど日頃の先生とはまるで別人のようなその姿。長い裾の白い寝巻から伸びた初めて見る先生の足は真っ白で女性のそれに近いほどしなやかだ。

 男の背から時折覗くその顔はいつもの学者然とした先生ではなく、頬が赤く染まり眼鏡のない砂糖を溶かしたカラメルのような甘い目元からは大粒の涙が零れ落ち、唇も赤く染まって半ば開かれ。その蠱惑的な色気にヴィオは衝撃を覚えた。

(これが、オメガ?)

 ついにカレブの腕の中に捕まった先生は、逞しい抱きすくめられたまま情熱的に愛を囁かれていた。

「レイ、愛してる。俺にはお前だけなんだ。一生大切にする。お前を無理やり従わせて、番にしようとしたやつのことなんか忘れて、俺の番になってくれ」
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