香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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邂逅編

紋入りコイン3

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ヴィオの叔母は今三歳の我が子を出産した後から病気がちになり、今回は農作業中にうっかり負った足の傷はおり悪く化膿止めの薬を切らしている最中で、中々治らないところから高熱を出し始めたのだそうだ。

「このまま放置したら、危ないところだったかもしれませんね。菌を殺す薬は処方できます。必ず処方した分を飲み切れるようにしてあげてください。清潔にして、栄養を取って治しましょう」

彼女が辛そうな様子なのに挨拶をしようと無理に身を起こそうとするから、ジルが優しく彼女を横たえなおしてやって安心させるように、にっこり柔和な笑顔をみせた。

「気を遣わずに、眠っていてください」
「注射もしますね。薬が効き始めたら熱も痛みも少し楽になると思います」
「先生、ありがとう、ございます」

消え入りそうな声だが礼を言うと目じりからぽろりと涙が零れ落ちたのが見えた。しかしほっとした様子の顔はヴィオとは似ていないが、ふっくらした頬を持つ、穏やかで優しそうな女性だった。

ヴィオの母親代わりとして、彼にとってとても大切な存在。晩秋の風と寒さが増す中、必死に車で辿ったあの長い道のりを歩いて街にたどり着いたヴィオを思うと、たまらなく切ない気持ちになる。セラフィンは彼のその一途な健気さを想う。
黙って様子を見ていたアドも黙ったままセラフィンに向かって深く首を垂れた。
「先生、俺からも礼を。明日には里の男たちも出稼ぎからいったん戻るが、その後また医者を呼ぶにはさらに時間がかかる。これ以上里のものを失うわけにはいかないというのに、だからといって身内ばかりを優先するわけにもいかない。実際、助かった」

複雑な心境を語るほど、彼ら信頼を得たということなのだろうか。まだ若い自分たちにそこまでの話をしてくれた先導する背中がなにか物悲しく見えた。

彼女の様子を見にやってきた里の女性に託すと、三人は家を後にした。


















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