香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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邂逅編

紋入りコイン2

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 それから続けざま、セラフィンは服に隠れていたネックレスを首元から取り出して自分の手のひらにおいてさらに彼に見せようとした。

 それは丸くコイン状に打ち延ばされたシルバーで、表面に手彫りの紋が浮かび上がっている。ジルも勿論見たことがあるものなので二人の様子を静かに見守っていた。ヴィオの父はコインを見て瞠目するとさらにそれを裏返す。

「ソート派の紋のコインだ。仲間と認めたものに自分の一族の紋と名を入れたものを配る。これはソートの直系の一族の紋だな。お前に渡した人物はクイン・ソート。どこでこれを?」

 セラフィンは相手を魅了する美しい微笑みを浮かべて、努めて穏やかで滑らかな声で説明を重ねる。

(でた、先生の必殺の外面いい笑顔。ああ、でもまあ。綺麗なことは確かだ)

 連れに敬愛以上の念を抱きがちのジルが傍らで見守る中、セラフィンは日頃の彼にしてはとても丁寧な態度を見せている。

「ここに伺ったように、ジルと私は各地のフェル族の里や中央で暮らすフェル族の人々にのところに多く訪ねてきました。フェル族に医学的にも民俗学的にも興味があり、いつかは本にまとめようと考えて色々な伝承を聞いて回っております。でもクイン・ソートとお会いしたのは全くの偶然です。ご高齢になり、足の持病が悪化してたまたま私の勤める病院にかかっているときに話をする機会を得られました。クインの脚の治療のことで息子さんに色々相談に乗ることになりまして、その後、知己としてこちらをいただいた次第です」

 このコインを出したことで風向きが変わり、ヴィオの父の鉄壁の門が少しだけ開いた。彼はとても尊いもののようにコインを裏返すと、セラフィンに返してきた。

「クインには俺も昔世話になったことがある」

「クインは今も元気ですよ。時折、病院の喫茶室に招かれて一緒にお茶をいただくこともあります」

 それでもまだ思案気にしていたヴィオの父だが、僅かな変化も見逃さぬジルの観察眼にはもう彼は二人の話を聞いてくれる気になっただろうと映っていた。

「いいだろう。先生、里の客人として迎え入れる。どうか妹を診てやって欲しい。それはあれの願いでもある。……申し遅れた。俺はこのドリの里の長で、アガ・ドリだ。息子を送り届けてくれてありがとう」

 ついにアガの心を動かすことができ、ジルは内心ほっとしてセラフィンの隣に居並ぶ。ジルが助手のように抱えたパンパンの診療鞄には、借りられるだけの医療品をセラフィンが軍で選別して詰めてきた。

「では患者のもとに案内してください」



 
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