香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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邂逅編

里へ2

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 内心大人げなくそんなことを思ってから、気を取り直してジルは元気に宣言する。

「出発進行! 田舎道はガタガタゆれるから気分が悪くなったら早めにいってくださいよ」

 ヴィオは車に酔うというよりは、初めてのスピードに驚いて身を固くしているようだった。道々話を聞くと、バスにすらほとんど乗ったことがなかったらしい。
 ヴィオは生まれてこの方、ほぼこの地域から出たことがなく、学校にまともに通っていない。今は村の中で家族に読み書きを教わっている程度なのだそうだ。隣の街に小さな学校はあるが、ヴィオたちの里と街のものたちとの折り合いが悪くなってから通うことができなくなったのだそうだ。
 それが隣り街で薬を買えなかったことにも関係していると睨み、ジルは胸を痛めていた。

 ヴィオは街の中の看板は難しくて読めないものばかりで、周りの大人に声もかけられずに薬屋を探せなかったと恥ずかしそうにぽつりぽつりとセラフィンに教えてくれた。
 中央で学校に通えない子はこの10年、どんなに貧しいうちでも皆無だ。しかしこうした田舎の村では今の世の中でも学校に通えない子がいると、そういった話を聞かなくもない。しかしここは僻地というほどでもない場所だし、先ほどの街にも小さいが学校はあったはず。それなのに実際に見聞きすると中央育ちのジルも豊かな外国で育ったセラフィンもなかなかのカルチャーショックだ。

 しかしこれから向かう里のある悲劇を知っている二人は、余計な詮索はせずに黙ってヴィオの話を聞いていた。

 ヴィオは自分がへとへとになりながら歩いてきた道のりをあっという間に引き返してこられていることに感動しつつも、こんな夜遅くまで大胆にも出歩いてしまったことに今さらながら里にいる家族の反応を思い胸がどきどきした。
しかし今もきっと苦しんでいる叔母を思えば自分がしたことにもちろん後悔はない。どんなに父に怒られようとも、それがものすごく怖くてもちゃんと罰は受けるつもりだ。それでもやはり、気持ちは少し落ち着かずに身体がこわばる。

 それを察したようにセラフィンが肩をぎゅっと抱いてくれていたから、寄りかかった胸の温かさでヴィオはうつらうつらとし始めた。

(暖かい。この服も先生も、いい匂いがする)

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