香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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邂逅編

里へ1

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「先生? これは逆に渡りに船なんじゃない?」

 思わせぶりな笑みを浮かべたジルにセラフィンは静かに頷いた。現実主義者のセラフィンでも流石にこれはどういった運命の巡りあわせなのだろうと思わずにいられなかった。
 二人がこの旅で訪ねていこうとしていた場所がまさにこの少年の言う『ドリの里』だったからだ。

 セラフィンとジル。こんな片田舎では目立つほど華やかな気配をまとった中央の若者らしい二人は、この地にとある目的があってやってきた。
 休暇を使ってこの地を訪れたのは全くのプライベートだ。本来ならば目的地であるドリの山里まで今日中に移動しておきたかったのだが、都会の若者らしく目算が甘く1日一本しか出ないバスが出てしまった後で移動手段が手詰まりになっていた。
 この基地に寄ったのは時間調整も兼ねた全くの偶然と言っていい。

「利用できるものは積極的に利用しよう。これで所長に軍用車を借りる交渉もしやすくなったな」

 軍で大きな力を持つ親友の甥っ子であり、彼自身も軍の関係者。中央の都で軍と一部は民間にも開放された大病院に務める医師でもある。所長にしてみたらかなり扱いに困る相手だろうとの自信がセラフィンにはあった。しかも連れは非番とはいえ中央の警察官。

 今回の幼気な少年にしでかした部下の不祥事を黙っている代わりに(もちろん所長権限での厳罰は望んだが)まんまと旅の足である車と医薬品を沢山手に入れ二人は満足げだ。
 泣き疲れて放心し、ぐったりとしたヴィオを後部座席に乗せると、運転席にジル、助手席にセラフィンが乗り込んで出発前に地図を確認しなおした。

 2人は日頃はここからは汽車と乗り合いバスを乗り継いで半日はかかる中央の都で仕事をしている。セラフィンは軍の病院の医師、ジルは警察官。悪友ともいうべき友人同士で、今回は長らく休みが合わなかった二人が奇跡的に勝ち取った短い休暇だった。
 二人はこの数年、休みが合うとこうして観光地ではない場所に目的があって小さな旅をしてきた。ヴィオの里でもあるらしい『ドリの里』はいつかは来てみたいと思っていた場所だ。中央からはけして近くはないが、国内の中では僻地というほど遠い位置でもない。中途半端な田舎だったのでやっと足が向いたといったところだ。実際近隣の中では大きな町だという基地のあるこの場所も、10年前の中央の周囲の街よりも栄えていない寂れ方だ。

 車を出そうと思ったらセラフィンに借りた上着をぶかぶかに着こんだヴィオが、縋るような顔つきでミラー越しに二人を見つめているのが映っていた。
わが身を抱きしめ小さく縮こまっている。子犬がくうんっと声を上げているような幻聴が聞こえる程、その様は幼気で頼りなげな様子だ。

「あまり車に乗ったことがない? 怖いのか?」

 こくっと大きく頷いたヴィオは口を真一文字に結んで下を向いてしまった。
その様を見て助手席から無言で降りたセラフィンが後部座席に移ってヴィオの薄い肩を抱くのを、やれやれといった顔でみた。

(いやに親切で、なんだか妬けちゃいますよ。先生)

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