香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
6 / 222
邂逅編

邂逅5

しおりを挟む
ヴィオを掴まえていない方の男が、ヴィオから彼に興味をうつしたようにニヤニヤしながらあまり背丈の変わらぬその肩に手を置いた。ヴィオはぶるっと身体を震わせて立ち上がろうと足に力を込める。
 しかしぱあんっと大きな音を立てて男の腕は払われ、美しい青年が低く艶のある声で唸るように言い放った。

「俺に触るな。その子を置いて大人しく出ていけ」

 静かだが有無を言わせぬ、尊大な声色に再び男たちが色めきだった。

「はあ? なにいってんだ? お前こそ怪我したくなかったらでていけ」

「喧しい、失せろ」

 それは何かすごく怖いものが帳のように一瞬で周囲を覆ったような、そんな圧倒的な気配。ヴィオは全身が総毛立ち、一瞬武者震いのような沸き立つ震えが身体を駆け抜け、視界が狭まる心地になった。

 頭の上でぐらりと大きな影がヴィオを覆う。驚いて見上げると、声もなく、ヴィオを押さえつけていた男が大きく傾いできた。

「あ!!」

 ヴィオが倒れてくる大きな身体からわが身を守ろうと、頭を手で覆って身を縮める。しかし男がヴィオに向かって倒れ落ちてくることはなかった。
 頭の上でどかっというすごい音がして、黒髪の麗人がものすごい勢いで長い脚を一閃させ、男の側頭部を横から蹴り飛ばしたのだ。もちろんヴィオが下敷きにならないように守るためだ。
 もう一人の男も後ろ向きに泡を吹いて伸びていて、何が何だかわからずヴィオは心臓がどきどきとしたままそのまま腰を抜かしたようになってしまった。

 すると黒髪の男が床に這いつくばったままのヴィオをひょいっと裏返して膝上に抱き上げてきた。破かれた服に気が付きすぐ眉を顰める。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

 着ていた温かで上等な上着を素早く脱いで、ヴィオの全身を包んでやる。ふわっと温みが全身に広がり、ヴィオは子猫のように身を震わせた。

「あ、ああ」

 今さらながら身体の震えが止まらなくなり、ぽろぽろと涙を流すヴィオを、男は黙ってやんわり抱きしめている。見た目は優美だが、彼は見た目よりずっと頼りがいのある、逞しく熱い身体だった。衣服からも彼の爽やかで甘い香りが立ち上り、それを嗅いだヴィオは張りつめていた気持ちが融けて涙が止まらない。

 泣きじゃくる少年の身体を美貌の青年は眉を下げて困った顔をしながらその背を擦ってやった。

 泣き声もまだまだ高く、見た目すら年頃の美少女のようにも見えなくもない。多分このエキゾチックで蠱惑的といえるほど欲をそそる顔に目をつけられたのだろう。しかし表情を取り繕わずに顔中をくしゃくしゃにして涙を流すその仕草をみて、彼が思っているよりずっと幼いのではと悟ったのだ。

 少年の着ていたくすんだ緑色のローブと、寒々しい程踝がむき出しのすらりとした足先に見覚えがあり、細いその身体を抱えなおして、男はできるだけ優し気な顔を作って泣きぬれた目元を覗き込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...