香りの比翼 Ωの香水

鳩愛

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貴方のダンスが見てみたい28

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先ほどの嵐が嘘のように急に風雨が収まった。男たちが船頭と共に戻ってくると、髪を引きずられ引き倒されたうえ、腹に足を乗せられ踏みつけられたソフィアリの姿を見て仰天した。

「おい! そいつは大事な金づるだぞ! 傷つけるな」

女神の扮装をしていた優美な姿はそこにはなく、メダイはとっくに千切れてどこかに弾け飛び、薄物を重ねた絹のパンツのすそは破れ、髪はリボンも編み込みもほどけ広がり、蹴られた肩はむき出しになり、痣ができている。

「こいつがもう一人の男を逃がしたからだ。おいかけようとしたがしつこく邪魔するから」

逃げるブラントのため男を足止めするためにソフィアリは必死で男に組み付いていたのだ。
ソフィアリも上背はない方ではない。残った男は同じぐらいの背丈か少し小さいぐらいでソフィアリは蹴りを食らわせたり、砂を投げつけて目つぶしをしたりできるだけのことはした。

しかし時期がよくなかった。発情期が迫っている身体は重く、普段より力が出し切れない。砂浜なのも手伝って足を取られた瞬間、長い髪をひっぱられ引き倒されたのだ。

顔はそれでも加減したようだが、腹には一発くらい、呻いたところを腹いせの様に髪をむんずと掴まれ引きずられていたところだった。
戻ってきた方のやや大柄な男がソフィアリを痛めつけていた方の男をど突く。

「お前は馬鹿なのか? あんな金持ちかどうかなんて嘘か方便かなんぞわからんような奴は放っておけ。確実に金が手に入る方が先だ。これ以上傷物にするなよ。天気が良くなってきたから、今晩船でサレヘに入る」

見れば先ほどまでの船頭とは違う男だった。もう少し恰幅がいいがよくは見えない。ソフィアリは砂が入り痛む目で見つめると、男は痛まし気に目をそらした。

髪を離され、ソフィアリは身体中の痛みで砂浜をのたうち転がった。呻きながらも自分を奮い立たせるように言い聞かせる。

(ブラントを逃がせた。三つのうちの一つは守れた。後は死ななければそれでいい)

サレヘに入れば人が大勢いる分、助けを求める機会にも恵まれるかもしれない。希望は捨てない。這いつくばっても生きてさえいればまたラグに会える。

(会いたい、ラグ。絶対に貴方のもとへ帰るから待っていて。俺を信じて)

今度はソフィアリも後ろ手に腕を縄で拘束され、その屈辱に唇をかみしめた。
腕を取られ引きずられるように歩かされ、暗い山道をいく。
サンダルが脱げ、裸足の脚は傷だらけでじくじくと痛み、惨めで罪人にでもなった気分だ。

風が強く吹く坂の上から見下ろすと、街灯がついている先ほどの入り江よりは整備された港らしいものが見えた。ハレヘの街とは反対側にある位置だろう。連れてこられるとき右の方へ舵を取って島を左に見ながら入り江についたから、ここは東側。

サレヘの街についてからのことを考えて、ソフィアリはできるだけ体力を温存させることを考えた。
足がもつれるほど消耗してきたため、腕を持ち上げられ引きずられるようにあるく。しびれを切らした男に担ぎ上げられた。

これでは周りの様子がわからないと思ったが、力を抜いて相手の体力を奪ってやろうと意地悪く考えた。

「おい、別の船が止まっているぞ。あれはなんだ? お前たちの船か?」

担いでいるのとは別の男がそういって焦ったような声を出す。
また風が強く吹いてきたのを、地面につきそうなほど下に垂れた自身の髪が巻き上がることでソフィアリは感じた。雨が降り、波音が高くなる。
再び始まった天変地異のような現象に、男たちはややひるんで坂道で立ち止まる。

「いえ、誰でしょうか…… 島の船にも見えます」

船頭役の男がそう答えたので、ソフィアリは小さな勝機を感じで声を張り上げた。

「誰か!! 助けて! 」

めちゃくちゃに声を張り上げると、担いでいる男が慌てた気配がした。

「黙れ! 黙るんだ」
「船から誰かがこっちに向かってきます」

「……さま、ソフィアリ様!」

誰かはわからないが自分を呼ぶ声がした。ソフィアリはまた声を張り上げる。

「俺はここだ! 助けて!」

ソフィアリを担いでいた男が駆け出した。ソフィアリは暴れるが、腕をくくられていて自由が利かない。
駆け抜けていく間に近くで殴り合うような音が聞こえてきた。

船で漁港に先回りしていたのはゼルベとその息子だった。腕白でならした息子は坂の上からソフィアリと思しき人物を担ぎ上げた人物に狙いを定めて追いかけてきたが、前に立ちふさがった男と殴り合いの喧嘩になった。

「おい、俺たちは行くぞ」

ゼルベが船を泊めている桟橋にとめられた、動力付きの大きめの船に乗り込もうと、船頭とソフィアリを担いだ男、そしてもう一人の男が雨が打ち付ける桟橋を走り抜ける。
なぜだかまた風雨が強くなり、船頭は鼻白んだ。

「また風が強くなりました。今出るのは危ないです」

「つべこべ言うな、船を出すんだ」

ゼルベは息子が全員の足止めをできなかったことに気が付いて、自分一人だけでも船を追いかけてやるつもりでエンジンをかける。真っ暗な海が唸るような風と共に波を巻き上げ、百戦錬磨の漁師も身震いして出航を待つ。

一方息子の方は男に馬乗りに乗られ、苦戦していた。
彼も海で鍛えた若武者のような男だが、喧嘩の経験は乏しい。防戦一方の所に、男が小さな刃物を持ち出してきた。
上から振りかざしてくるのを太い腕で止めながら防ぐが、体勢的に不利だ。
刺されてしまう! 街灯に照らされギラリと光る刃に恐怖で身がすくんだ瞬間、なにか大きな力の塊のようなものが一閃し、息子の上から男の身体が吹き飛ぶように消え去った。

「よくやった、セイン。もう大丈夫だ」
「ラグ!」

ラグが一蹴りで男を仕留めたのだとわかって、その強さに胸が震えた。
金色の目と目が合い、総毛だつほどセインは興奮した。

「そいつを縛り上げて足止めしておけ」
「わかった」

そういって腰に下げていた縄をセインに向かって放り、後ろかけら駆けつけてきたブラントと共に坂を駆け下りていった。

「ラグ! 早くしろ!」

ゼルベが操舵室から顔をのぞかせながら海街の男特有の大声で怒鳴りつけてくる。

ソフィアリを乗せた船が先に港を出て行ったのだ。ゼルベはラグが来るのを双眼鏡で確認して、乗り込むのを待っていた。熟練の勘でラグの跳躍を計算しながら船を出すと、彼は波が舌のように舐め上げる暗い海にその身を躍らせて船に乗り込んだ。

ブラントは風に激しく揺れる船に向かって足を踏み切ることが恐ろしく、どうしてもできなかった。こんな時に不謹慎だが、完全な敗北を感じて足元から桟橋に崩れ落ちる。

ソフィアリを乗せた船をラグを乗せた船は風雨が強い中追いかける。
運転技術と小回りはゼルベの方が上だったようで、船はあっという間にならんでいった。

「止まれ! ソフィアリ! ソフィアリ!」

操舵室に入れておいた信号弾を打ち上げたが、当然警告は周りの物音にかき消される。しかし番の名を叫ばずにはいられない。ソフィアリはほかの男たちのように甲板に立っておらず、足元に転がされているようだった。甲板に立つもう男の一人とラグは睨み合う。

ゼルベができるだけ船を近づけようと果敢に攻める。もしもぶつかったら互いに取り返しがつかない事故につながる。ゼルベが生み出そうとしているのはラグが向こうの船に乗り移るタイミングだ。男二人は目と目を合わせただけでそのことを伝えあった。

「行くぞラグ」
ぐいっと船を傾けるように相手の船に寄せた瞬間、ラグは全く躊躇せずに隣の甲板に乗り移った。

褐色の肌、黒づくめの姿は闇夜に紛れ、男が一歩引きさがって姿を追おうとしたときにはすでに遅く、ラグが男の顔を正面からとらえて鼻の下の急所を一撃でとらえた後だった。

もう一人の男の方が冷静な動きを見せた。もはや自分も逃げられないと悟ると、揺れる船の上、足元にぐったりとして伏したソフィアリの拘束され輪のようになった腕に手をかけ甲板の端に引きずると、振り向いたラグに一瞬見せつける様にしてから荒れた真っ暗な夜の海の中に、ソフィアリの身体を突き落としたのだ。

ラグは男には構わず、すぐさまそのあとを追って頭から海に飛び込む。

「早く船を走らせろ、逃げるんだよ」

船に残った男は船頭にそう怒鳴りつけると、船は速度をさらに上げて彼らの前から立ち去って行った。

ラグとソフィアリの姿を見失い、あまりのことにエンジンを止めるのが遅れたゼルベは船を大きく旋回するようにしてスクリューが二人を巻き込むことを防ぎ、少し離れて船のエンジンを止めた。

「なんてことだ。ラグ、ソフィアリ!! 無事でいてくれ。頼む」

海では無敵でならしてきたゼルベも、流石に背筋が凍える心地だった。
その時また不思議なことが起こった。風が強く上空で巻き起こり、厚く垂れこめていたはずの暗い雲の間から月齢の高い満ちた月が顔をのぞかせたのだ。

突然海面から光が差しこみ、視界が開ける。ラグの目が泡立つ水の向こうに魚のひれの様に柔らかなズボンのすそをゆらゆらと揺らめかせたソフィアリがゆっくりと海面に浮いていく姿をとらえた。
意識が朦朧としているのか身動きをしないことで逆におぼれなかったのかと思ったがようすが違う。明らかに海の底から波が意志を持つようにソフィアリを持ち上げてきている。それはラグの足元からも水の塊が包み込むように上がってきているのを感じたからだ。
きっと海の女神がラグに女神の愛し子であるソフィアリを返してくれようとしている。

(女神様、ありがとうございます)

その理由が付かないほどの奇跡に、ラグは心の中で何の疑いもなく女神に感謝を述べていた。

黒髪を漂わせ眠ったように動かないソフィアリを両手で引き寄せしっかりと抱き、片手でもう一度強く抱えなおした後、水面に向かって大きく一掻きした。
ゼベルはラグとソフィアリの頭が水面に上がってきたのを確認すると、浮き輪をつけたロープを水面に投げ入れてくれていた。

「ラグ! これにつかまれ」

頭の上にはきらきらと月が輝き、またいつも通りの美しい穏やかな海が戻ってきていた。
先に甲板にソフィアリを上げてもらい、ラグは自分で紐を手繰って力任せに船に上がってくる。ソフィアリが罪人の様に後ろ手に拘束を施されているのを見て、目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを再び覚えた。すぐさま腰についた短刀でそれを切り取る。
傍らに跪きまだ目を覚まさない番を腕の中に抱きしめた。そして再び彼をこの腕に抱けたことを女神に感謝する。
胸は鼓動を刻んでいるし脈もある。しかし呼吸がか細く弱いため唇を合わせて息を吹きいれる。
ごふっとソフィアリがせき込むと、塩水が口からあふれてむせ返る。

そのあとぜいぜいと喘ぎながら真っ青な唇で息をはじめたので、ラグはやっと自分も呼吸をはじめられたような心地になった。
ソフィアリの塩水で濡れた顔中にキスと熱い涙を落として心からのねぎらいのの言葉をかける。

「ソフィアリ、ソフィアリ。よく頑張ったな」
「ラグ……」

ソフィアリは一度だけラグの目を見つめると、きゅっと彼の腕をつかみ、そのあと安心したようにまた意識を失ってしまったのだった。




































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