香りの比翼 Ωの香水

鳩愛

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貴方のダンスが見てみたい21

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「ぐああああっつ、アタマがわれる~!!!!」

頭のそこかしこが痛み、なんとなく身体もところどころ痛む。
そして自分の発した声にすら総攻撃を喰らったトマスは、ぐしゃぐしゃにしてしまった寝台の上でさらに身もだえる。
カーテンがおもむろに大きく開かれ、視界が真っ白に染まるほど眩い太陽の光が差し込んできた。その光から逃れたくて顔を覆って布団を手繰り寄せてかぶると、容赦のない勢いでそれをはぎ取られた。

「もう昼になるわよ。いい加減おきなさい!」
「え! あ!!! リリィさん??? いてて」

窓からの逆光で顔はよく見えないが、赤毛が大きく広がるメリハリのついたグラマラスなシルエットは確かにリリィだ。

トマスは自分の身なりにはたと気がつく。布団をめくられて全身があらわになり見下ろして確認をした。昨日来ていたシャツは脱がされ、上半身裸。ズボンもはいておらず、なんとか下着は身に着けている。

起きたらリリィが同じ部屋にいるとは。彼女と目があうと瞬時に顔がかあっと熱くなり、耳のてっぺんまでたちまち朱色に染まっていった。

「リ、リリィさん…… もしかして、俺たち、昨日の夜、その……」

なにかやましい色っぽい一夜を過ごしてしまったのではとトマスは半裸で慌てながら二日酔いからずきずき痛む頭を押さえてまた小さく呻いた。
リリィは目を丸くしてほうっとひと息をつくと、トマスの誤解に思い当たり苦笑する。そしてすっかり呆れて、はぎ取って握っていた布団をまた頭の上からかぶせてしまう。

「ほんと、元気そうに何よりだわ。どんな誤解をしているかしらないけど、あたしとはなにもなかったからね!それより昨日の夜のこと、何も覚えてないの?」
「え。あ。……おぼろげながら。ところでここは?」
「白亜館じゃないわよ。リリオン様の館の客室。前の領主のね」

カーテンが開いたのでよく見えたのは、窓の向こうには海にせり出したテラスだった。さやさやと風が吹きわたってリリィの赤毛をふわりと揺らす。

ソフィアリが女の子たちとわいわいダンスを踊り始めたあたりまでの記憶はトマスにもある。その間にもそんな強くもないのに気が大きくなって、ぐびぐび酒を飲んでしまった。青々としたハーブと檸檬が絞り入れられた酒は強いくせに爽やかでとても口当たりがよかったのだ。徐々に飲んでいた酒が回り始めて、ソフィアリとブラントのダンスの頃には完全にやられてしまったようだ。

「もう、あなたがみんなを煽るだけあおって大騒ぎした後、収拾つけるの大変だったんだからね。朝になったら呑気な顔して寝てるんだもの。何度も水でもぶっかけてやろうかと思ったわ」

「リリィさんが一晩中ずっと介抱してくださったんですか??」

トマスは布団から顔を出し、ぼさぼさの頭に少しだけ生えた髭面でぽぽっと頬をまた染めた。リリィは腰に手を当てくりくりした丸い目をした若い男に仕方がないなあというように苦笑すると頭を軽く小突いてやった。

「あたしはここに運び込んだ直後と今朝からよ。夜の間はお友達とラグと、漁師仲間が順番にあなたが気持ち悪そうにするたびにトイレに担ぎ込んでたわよ。最後はバスの床で寝かされてたけどね。今は身体も綺麗になっているかもしれないけど、別の部屋は汚れちゃったし、それにお友達浴びちゃってたわよ」

リリィが顔をしかめて舌をだすと、げーっとやる仕草をみせて血の気が引いていった。

「え! 殺される……」

若干潔癖なところがあったブラントにそんなことをしてしまった日には確実に無視された後、きつい制裁を加えられるに間違いない。

上下水道が整備されバスもトイレも綺麗な素晴らしいリリオンの館であったが、なかなか立派な体格の青年を引きずるのは皆至難の業だった。リリィは水を口元に運んでやるくらいであとは男たちに任せていたのだ。

「まああなたのことも大変な騒ぎになったけどね…… ちょっとやなことがあったのよ」

リリィはテーブルから花柄の水差しを取り、コップに水を注ぐとトマスに差し出してやる。水がとにかくおいしくて、あれだけ酒を飲んだというのにひりつくほど乾いた口と喉とを潤していく。

「あなたがだいぶ落ち着いたから、この部屋で寝かして、あたしもみんなも屋敷から帰っていってね。ラグもソフィアリの所に朝になる前に戻った後だから夜明け前かしらね。とにかく夜中から朝にかけての時間帯に、この屋敷の台所の石が投げ込まれて窓が割られたのよ。みんな眠りの深い時間だったし、とても広い屋敷だから音には気が付かなかったみたいなんだけど、朝屋敷の人がみつけたそうよ」

「誰がそんなことを……」

ベットサイドに腰かけたリリィは雑な手つきでボサボサのトマスの頭を撫でつける。朝日に光るオリーブグリーンの瞳を見つめて一瞬微笑むが、また難しい顔をした。

「多分、ソフィアリが領主になることをよく思っていない人たちの仕業らしいわね。投げ込まれた石に紙がくるんであって、ソフィアリがオメガであることを中傷するような内容が書かれてたみたい。犯人はわかっていないけど、昨日ほかの街に出る大きな道沿いは手分けして警らしてたはずだから…… ないとは思うけど街の人間の仕業だったら本当に哀しいわ」

昨日も資材置き場と女神像のことがあった。あの時ラグと街を歩いた時、人々が沢山彼を慕うように集まってきた。夜、店の中でソフィアリが街の人たちとダンスをした時も、みんな本当に楽しそうだった。

「リリィさん。俺は昨日来たばかりだけど、元々この街にいなかった二人だけどすごく街の人に愛されているって思いました。嫌がらせをする人がいるなんて信じられないな」

リリィも大きく頷く。立ち上がって掛布団を整えながら、背格好が似ているブラントが情けで与えてくれた上等な服をクローゼットから取り出すとトマスに差し出した。
トマスは意外なほど逞しく筋肉質な半裸の体を陽光に晒してシャツを羽織る。港町のマッチョをみなれたリリィであるが、艶めく若い肌がとにかく美しい体つきに少しドキドキしてしまって横を向いた。

確かにこのシャツはブラントの百貨店の最高級品なのだろう。袖を通した時からして違う。指どおりとその後の身体を包むふわっとした肌触りがすごくいい。これは銀行に入職したらぜひ買いに行こうと思った。手早くズボンも履くと若干裾が余る。柔らかな絨毯に裸足で降り立ち、自らまた水をコップにじゃばじゃばといれて一気に飲み干し、大きく息を吐いた。

「私も街の人間の仕業とは思えないわ。まあここに来たばかり頃のソフィアリは綺麗だけど最初は中央から来たばかりでお高くとまって近寄りがたい感じだったわ。まあそれはリリオン様たちがあの子のことを過保護に匿っていたせいなんだけど。オメガの発情期が初めて起こった頃は、とにかくラグのことを誘惑しては振り回して。あたしなんて見ていて本当に憎たらしかったわよ。ラグのこと一人占めしてこの野郎って」

「え! リリィさん、ラグさんのこと好きだったんですか?」

そういえばラグさんも目の色が緑……と思ったのだが、リリィはそれはもう赤い唇を大きく開いてトマスに飛び掛からんばかりの勢いで熱烈にラグについて語り始めた。

「当たり前でしょ! ラグがこっちに来たときはもう、町中の女が色めき立ったんだからね。軍人出身で男前で体も大きいし。それに獣人由来の男はアッチが強くて体力有り余っているから女は満足するし、いつでもメロメロに愛してくれるって南の女の間には言い伝えが……」

「ああーっ!! 待って、待って。急にはしたないお話はやめてください!!」

育ちのよいトマスには刺激が強過ぎて、またまた真っ赤になってリリィの顔の前で手を振ってしまった。

「まあ、コホン。そうね。脱線したわ。だけどまあこっちの毒気が抜かれるほどに、番になってからはイチャイチャ仲睦まじすぎて、だんだん周りもほだされてきたというか。それに元々この街のリーダーだったアスターさんが直々にみんなと二人とを橋渡して回っていたからね。次の世代のリーダーは二人だっていう空気がこの街には段々できてきたの。でもね。隣の街の領主は違う。隣の街はもともと別の人間が領主をしていたのが失脚してリリオン様にゆだねられた街だから。その事件にソフィアリが直接的に関与してたから、逆恨みされてるのよ」

その事件の話はソフィアリから軽く聞いていた。それこそ逆恨みとしか言えないような話だ。オメガとして生きていくと決めたソフィアリが、オメガであるということだけで恨まれたり、傷つけられるなんて友であるトマスには憤慨ものだった。

「祭りの時何も起こらないといいけど。街の人たちにはすごくよくしていただいているし、明日には俺たちの仲間も何人かまたこの街に来ます。皆でなにか手伝えることがあるのか考えて、ソフィアリを助けるために力を貸したいです。でもその前に、俺は今日はリリィさんのお手伝いをさせてください。もう少し水を飲んで…… その、腹が減ったので何か食べに行かせてくれたら、沢山働きます。俺も体力には自信ありますよ?」

リリィに迫るように正面に立つと、まだ頭が痛いだろうににこっと輝くように歯を見せて笑う。それが彼の若者らしい爽やかな魅力を存分に引き立てていた。その明るさにリリィも自然に笑みをこぼしていた。

「そうね。沢山働いてもらうわ。ご飯もお店で食べさせてあげるからついてらっしゃい。その前に…… ちゃんとお友達に謝りなさいね」

「え、あ、それはお腹がいっぱいになってからの方が元気が出るというか、つらくないというか」

また気弱にぶつぶつと言い出すトマスを身支度のために洗面所に追いやって、リリィは涼しい風がカーテンを揺らしながら吹き込んできた窓辺で大きく息を吸い込んで身体を伸ばすと、乱れたベットを整えにいった。
























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