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貴方のダンスが見てみたい18
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「え? トマス何を……」
トマスは飛び上がるようにピンっと立つと、先ほどアスターがしたように皆を見まわしながら声を張り上げる。
手にしたままのカップから葡萄酒がパシャパシャと零れたが構いもしない。
「みなさん! この街の新しい領主のソフィアリは、わが国が誇る名門中央高等教育学校の首席の上をいく飛び級生! 見ての通りの美貌と明晰な頭脳で我々学生の間で人気を博していました! そして彼の最も得意とすること、それはダンス! 華麗なステップを皆さんの前でご覧にいれます!」
どこで学んたのか分からないか芝居がかった口調のトマスに周囲の客から喝采がわき起こった。
「トマス! この酔っ払い! 何を言い出すんだよ!!」
急に名指しされ焦ってわたわたとし始めたソフィアリを、テーブルの手前から腕をつかむようにとってトマスは立ち上がらせる。
「みたいみたい! ソフィアリ様のダンス見たいわ~」
向こうで踊っていた少女たちの並べた愛らしい顔から黄色い歓声が上がると、口々に皆ダンスがみてみたいとはやしたてる。
沢山の顔に注目され、ソフィアリはらしくないほど恥ずかしがって頬を赤くした。この街に来てから誰かにダンスが好きだとか得意だとか話したことがなかったからだ。ラグにすら、そんなことは話したことはない。
「俺もまた見てみたい。ソフィアリ、踊ってよ」
悪意のないトマスのニコニコして顔に絆され、そのままテーブルの反対側から逃げないように彼に手を握られてエスコートされる。酒を飲んだ後のトマスを見たのはこれが初めてだが、人が変わったかのように堂々としていて小憎らしい。トマスは少しおどおどしているところが可愛いと言うのに。
ちらりとラグの方をやや振り返ってみるとこんな時でも精悍な顔で大きく頷いていたので、ソフィアリは仕方ないなあと眉をさげて困ったように微笑んだ。
ブラントの横を通り過ぎるとき、座っていた彼は巡る太陽を見るかのように首を渡らせてソフィアリの美しい横顔を見つめる。ソフィアリがはにかみながらブラントをみて目と目が合った。
「久しぶりだから、皆の前でなんて恥ずかしい」
ソフィアリは悪い気はせずしかし恥ずかしそうに、そんな風に通りすがり学友二人に対してざまにぼやいた。
音楽は陽気なもので、正直授業で踊ったようなものよりもゆったりとした童謡の様なテンポだ。歌詞もある曲のようで、少年の様な声の女性が歌う流行りの曲だ。
これでどう踊れっていうんだとソフィアリはトマスを冗談っぽく睨んだが、酔っ払いのトマスはにやにやして取り合わない。
ソフィアリがテラス前の簡易ステージに立つとすぐに少女二人が駆け寄ってきた。
「私と踊って~」
「私とも」
「もちろん。喜んで」
少女たちからみたら、ソフィアリは中央から来た童話に出てくる王子様のように美しく立派な貴公子だ。頬を染めて見上げてくる小さなレディにソフィアリは優雅にお辞儀をすると、老いも若きもみな大声を上げてぎゃあ、きゃあと叫んだ。
一人の女の子の手を取ると周りで踊っていたものも、傍によってきて笑顔で踊りだす。
ソフィアリは身長差のあるその娘が踊りやすいよう、なんとなく思いついた足運びで、はじめはゆっくりと彼女をクルクル片手で回らせながら踊ってみせる。ふわりと真っ白なスカートが花の様に広がった。
「こんな感じで、繰り返せる?」
こくっと頷く少女をリードしながら少しゆったりとした調子で踊りだす。くるくると肘を絡ませて腕をとって周り、また反対向きに逆の腕を取り周り、足もそれに合わせて2歩ずつ進み逆に2歩ずつ戻り。
それに片足ずつ足を踏みしめるようなステップを加えて少女たちのクリッとした目を見降ろして微笑むと、父親と一緒にいた小さな娘もソフィアリの脚の間から頭を出すようにじゃれる様に飛びついてきた。
「私も踊るの~」
「それなら私も~」
周りにいた女性たちが次々と殺到して、皆でソフィアリを中心に大きな輪になるように手をつなぐと、ぐるぐると回り出した。
「おいおいそれじゃ、ダンスが上手かなんてわかりゃしないよ」
あきれたような声を出す年嵩の漁師のまとめ役のも笑顔で大笑いしている。立ち上がってそんな夫に大柄で迫力のある顔をして妻が啖呵を切った。
「いいじゃないの。いつも男ばかりで楽しんでいるんだから! 今日はあたしたちだって大騒ぎしたいじゃない! たまにはソフィアリ様みたいな美男を見ながら踊ったり歌ったりしたいわ! 明日からは祭りの準備で女はまた働き通し。男はただ飲んだくれてばかりなんだから! 」
「なんだと!」
言い返そうとしたら奥方たちの迫力に負けてすぐに小さくなったまとめ役だ。若い漁師たちも日頃は厳しい親方の様子にくすくす笑って、踊りの輪の中に混ざっていった。そのためだんだん窮屈になってぎゅうぎゅうと数珠つなぎになる。
「狭い狭い! テラスまで輪を伸ばせ!」
「ちょっとまってろ! 俺は笛を吹きたい」
店の従業員のリューイが笛を取ってこようとしたから、周りからブーイングが起こる。
「やめとけ、お前の下手くそな笛じゃみんなつまずいちまう!」
音楽がかかり続けている間、ソフィアリと手をつなぎたい女性たちが次々と交代して、酔っぱらってしまった日頃真面目な帽子屋のおかみなどソフィアリに抱き着いたり、八百屋の娘も頬を染めながら大声をあげて失神しそうになったりと、もう大変な騒ぎとなってしまった。ソフィアリは嫌な顔一つせず、寧ろうれし気に終始明るい笑顔を絶やさない。
日ごろ真面目に澄ましている近寄りがたい美貌が、崩れるほど大笑いしていることに街の皆は心を打たれた。ぐっと親しみやすくなり、ずっと間近に行ってみたかったけれど遠慮していた気持ちが一気に近づいたのだ。
押し合いへし合いで踊りを見せるどころではなくなったが、曲が終わるまでひとしきり盛り上がると、曲の合間にはざわざわとしてそれぞれがまた家族や友人を越えてまぜこぜに席に帰っていった。
一昔前ならば、きっとこうした酒の席の中心にはアスターがいた。この街を盛り立てようと無茶なことも人に言えないようなこともしてきたが、旅をして戻った今日など猶更だが、ここに帰ると沢山の家族に迎えられたような気持ちになる。この街の人々の明るさを守っていきたいと常々思っていた。
そして今はソフィアリやラグという新たな若いリーダーが立ち上がろうとしていた。アスターは寂しさよりもそれが嬉しくてたまらず、いつもより多めに酒を頼んでしまった。今まで孤軍奮闘してきたが、なんというか少しだけ背負ってきたものを下ろせたようなそんな心地になったからだ。
彼らがわずか数年の間に街の人々に愛され認められつつあることは我が事の様に誇らしかった。
街の皆が席に戻っていく中、ソフィアリはノースリーブの一続きになっている青い薄手上下の上に羽織った白いローブの裾をもって鮮やかにお辞儀をし喝采を浴びた。
自分もテラスから席に戻ろうとしたが、誰かがラジオのチャンネルをひねったのか曲調が変わった。歩みを止め少しだけ酩酊した状態で聞き、普段よりは少しだけぼんやりとはしていたがその曲はわかる。
本当に偶然に。それは学生時代にダンスを練習した曲のうちの一つだったのだ。不意に懐かしい気持ちに襲われてふわふわとした酔いに包まれながら、耳だけ音に傾け瞳を閉じる。微笑みを浮かべたままリズムに身を任せる様に長い髪と身体を揺らした。
「ソフィアリ。俺と踊ろう!」
まだ喧騒が冷めやらぬ店内に、酒の酔いなど物ともしないよく響く声が聞こえた。声に驚きソフィアリも目を見開く。
声の主であるブラントは立ち上がると振り返り、ソフィアリの番に真正面から伺いを立てた。
「いいですよね? ラグさん」
ラグは青年の定規で引かれた線の様に真っすぐな青いまなざしに射抜かれ黙って鷹揚に頷いた。よどみない足取りでブラントはソフィアリに向かって歩いていく。皆歩きやすいように通路を開けて、固唾をのんで成り行きを見守った。
ラグのすぐそばに座っていたアスターは彼にだけ聞こえる様に、やや意地悪く耳打ちをする。
「おいおい、お前もまだ若いんだ。寛大な男を気取ると痛い目をみるぞ」
ラグは太い眉を片方釣り上げるような表情をしてから手にした大きなカップを飲み干す。
先ほどのダンスとは言えないようなものでも、自由に身体を動かすソフィアリはとても良い顔をしていた。昨日までの緊張から一時解放され、明日からの祭りの準備に向けて再び気の張ることを強いられる。
しかしどうだろう。本来ソフィアリは若い彼らと共にまだ学び舎で机を並べていたはずの青年じゃないか。
中央にいたころの様に忌憚なく友人たちと話し喜怒哀楽をあらわにしてのびのびと過ごす、ソフィアリの今ここの気持ちを大切にしてあげたいとラグは思ったのだ。これは夫としてというよりも、初めてであったころ彼を守ってあげたいと強く感じた、庇護者としての一面が顔を出したのかもしれない。
ゆっくりと若い男が己の番に近づきその手をとる姿から、しかし目が離せない。
「ソフィアリ。君と踊りたくてあれから猛特訓したんだよ」
「ほんとう? お手並み拝見だな」
茶化して笑うソフィアリはブラントの思いになどまるで気づかず、数年ぶりに会う友人の見上げるほどに成長した姿に昔の姿を探し、懐かしさと頼もしさを感じていた。
長いこと焦がれていながらも探し出せないでいた記憶の中の初恋の人が触れ合えるほど傍にいる。夢にまで見た場面を再現する悦びにブラントの胸は震える。
この街の海原に似た色の目と目が合い、番から愛し抜かれ幸せそうな美貌を熱っぽく見つめる。まるでブラントを男と意識していない無垢なほど無防備な貌に一矢報いたくなった。差し伸べた手を取った白い指先に礼を取ながら、恭しく口づけてからポジションをきめる。僅かだがソフィアリが身じろぎしたのが仄暗く嬉しい。
ここに誰もが称賛するであろう似合いの一対が誕生し、店内は二人の一挙手一動を見逃すまいと注視する。
二人は手を取り腰に手を回し呼吸を合わせると、一歩目を踏み出した。
トマスは飛び上がるようにピンっと立つと、先ほどアスターがしたように皆を見まわしながら声を張り上げる。
手にしたままのカップから葡萄酒がパシャパシャと零れたが構いもしない。
「みなさん! この街の新しい領主のソフィアリは、わが国が誇る名門中央高等教育学校の首席の上をいく飛び級生! 見ての通りの美貌と明晰な頭脳で我々学生の間で人気を博していました! そして彼の最も得意とすること、それはダンス! 華麗なステップを皆さんの前でご覧にいれます!」
どこで学んたのか分からないか芝居がかった口調のトマスに周囲の客から喝采がわき起こった。
「トマス! この酔っ払い! 何を言い出すんだよ!!」
急に名指しされ焦ってわたわたとし始めたソフィアリを、テーブルの手前から腕をつかむようにとってトマスは立ち上がらせる。
「みたいみたい! ソフィアリ様のダンス見たいわ~」
向こうで踊っていた少女たちの並べた愛らしい顔から黄色い歓声が上がると、口々に皆ダンスがみてみたいとはやしたてる。
沢山の顔に注目され、ソフィアリはらしくないほど恥ずかしがって頬を赤くした。この街に来てから誰かにダンスが好きだとか得意だとか話したことがなかったからだ。ラグにすら、そんなことは話したことはない。
「俺もまた見てみたい。ソフィアリ、踊ってよ」
悪意のないトマスのニコニコして顔に絆され、そのままテーブルの反対側から逃げないように彼に手を握られてエスコートされる。酒を飲んだ後のトマスを見たのはこれが初めてだが、人が変わったかのように堂々としていて小憎らしい。トマスは少しおどおどしているところが可愛いと言うのに。
ちらりとラグの方をやや振り返ってみるとこんな時でも精悍な顔で大きく頷いていたので、ソフィアリは仕方ないなあと眉をさげて困ったように微笑んだ。
ブラントの横を通り過ぎるとき、座っていた彼は巡る太陽を見るかのように首を渡らせてソフィアリの美しい横顔を見つめる。ソフィアリがはにかみながらブラントをみて目と目が合った。
「久しぶりだから、皆の前でなんて恥ずかしい」
ソフィアリは悪い気はせずしかし恥ずかしそうに、そんな風に通りすがり学友二人に対してざまにぼやいた。
音楽は陽気なもので、正直授業で踊ったようなものよりもゆったりとした童謡の様なテンポだ。歌詞もある曲のようで、少年の様な声の女性が歌う流行りの曲だ。
これでどう踊れっていうんだとソフィアリはトマスを冗談っぽく睨んだが、酔っ払いのトマスはにやにやして取り合わない。
ソフィアリがテラス前の簡易ステージに立つとすぐに少女二人が駆け寄ってきた。
「私と踊って~」
「私とも」
「もちろん。喜んで」
少女たちからみたら、ソフィアリは中央から来た童話に出てくる王子様のように美しく立派な貴公子だ。頬を染めて見上げてくる小さなレディにソフィアリは優雅にお辞儀をすると、老いも若きもみな大声を上げてぎゃあ、きゃあと叫んだ。
一人の女の子の手を取ると周りで踊っていたものも、傍によってきて笑顔で踊りだす。
ソフィアリは身長差のあるその娘が踊りやすいよう、なんとなく思いついた足運びで、はじめはゆっくりと彼女をクルクル片手で回らせながら踊ってみせる。ふわりと真っ白なスカートが花の様に広がった。
「こんな感じで、繰り返せる?」
こくっと頷く少女をリードしながら少しゆったりとした調子で踊りだす。くるくると肘を絡ませて腕をとって周り、また反対向きに逆の腕を取り周り、足もそれに合わせて2歩ずつ進み逆に2歩ずつ戻り。
それに片足ずつ足を踏みしめるようなステップを加えて少女たちのクリッとした目を見降ろして微笑むと、父親と一緒にいた小さな娘もソフィアリの脚の間から頭を出すようにじゃれる様に飛びついてきた。
「私も踊るの~」
「それなら私も~」
周りにいた女性たちが次々と殺到して、皆でソフィアリを中心に大きな輪になるように手をつなぐと、ぐるぐると回り出した。
「おいおいそれじゃ、ダンスが上手かなんてわかりゃしないよ」
あきれたような声を出す年嵩の漁師のまとめ役のも笑顔で大笑いしている。立ち上がってそんな夫に大柄で迫力のある顔をして妻が啖呵を切った。
「いいじゃないの。いつも男ばかりで楽しんでいるんだから! 今日はあたしたちだって大騒ぎしたいじゃない! たまにはソフィアリ様みたいな美男を見ながら踊ったり歌ったりしたいわ! 明日からは祭りの準備で女はまた働き通し。男はただ飲んだくれてばかりなんだから! 」
「なんだと!」
言い返そうとしたら奥方たちの迫力に負けてすぐに小さくなったまとめ役だ。若い漁師たちも日頃は厳しい親方の様子にくすくす笑って、踊りの輪の中に混ざっていった。そのためだんだん窮屈になってぎゅうぎゅうと数珠つなぎになる。
「狭い狭い! テラスまで輪を伸ばせ!」
「ちょっとまってろ! 俺は笛を吹きたい」
店の従業員のリューイが笛を取ってこようとしたから、周りからブーイングが起こる。
「やめとけ、お前の下手くそな笛じゃみんなつまずいちまう!」
音楽がかかり続けている間、ソフィアリと手をつなぎたい女性たちが次々と交代して、酔っぱらってしまった日頃真面目な帽子屋のおかみなどソフィアリに抱き着いたり、八百屋の娘も頬を染めながら大声をあげて失神しそうになったりと、もう大変な騒ぎとなってしまった。ソフィアリは嫌な顔一つせず、寧ろうれし気に終始明るい笑顔を絶やさない。
日ごろ真面目に澄ましている近寄りがたい美貌が、崩れるほど大笑いしていることに街の皆は心を打たれた。ぐっと親しみやすくなり、ずっと間近に行ってみたかったけれど遠慮していた気持ちが一気に近づいたのだ。
押し合いへし合いで踊りを見せるどころではなくなったが、曲が終わるまでひとしきり盛り上がると、曲の合間にはざわざわとしてそれぞれがまた家族や友人を越えてまぜこぜに席に帰っていった。
一昔前ならば、きっとこうした酒の席の中心にはアスターがいた。この街を盛り立てようと無茶なことも人に言えないようなこともしてきたが、旅をして戻った今日など猶更だが、ここに帰ると沢山の家族に迎えられたような気持ちになる。この街の人々の明るさを守っていきたいと常々思っていた。
そして今はソフィアリやラグという新たな若いリーダーが立ち上がろうとしていた。アスターは寂しさよりもそれが嬉しくてたまらず、いつもより多めに酒を頼んでしまった。今まで孤軍奮闘してきたが、なんというか少しだけ背負ってきたものを下ろせたようなそんな心地になったからだ。
彼らがわずか数年の間に街の人々に愛され認められつつあることは我が事の様に誇らしかった。
街の皆が席に戻っていく中、ソフィアリはノースリーブの一続きになっている青い薄手上下の上に羽織った白いローブの裾をもって鮮やかにお辞儀をし喝采を浴びた。
自分もテラスから席に戻ろうとしたが、誰かがラジオのチャンネルをひねったのか曲調が変わった。歩みを止め少しだけ酩酊した状態で聞き、普段よりは少しだけぼんやりとはしていたがその曲はわかる。
本当に偶然に。それは学生時代にダンスを練習した曲のうちの一つだったのだ。不意に懐かしい気持ちに襲われてふわふわとした酔いに包まれながら、耳だけ音に傾け瞳を閉じる。微笑みを浮かべたままリズムに身を任せる様に長い髪と身体を揺らした。
「ソフィアリ。俺と踊ろう!」
まだ喧騒が冷めやらぬ店内に、酒の酔いなど物ともしないよく響く声が聞こえた。声に驚きソフィアリも目を見開く。
声の主であるブラントは立ち上がると振り返り、ソフィアリの番に真正面から伺いを立てた。
「いいですよね? ラグさん」
ラグは青年の定規で引かれた線の様に真っすぐな青いまなざしに射抜かれ黙って鷹揚に頷いた。よどみない足取りでブラントはソフィアリに向かって歩いていく。皆歩きやすいように通路を開けて、固唾をのんで成り行きを見守った。
ラグのすぐそばに座っていたアスターは彼にだけ聞こえる様に、やや意地悪く耳打ちをする。
「おいおい、お前もまだ若いんだ。寛大な男を気取ると痛い目をみるぞ」
ラグは太い眉を片方釣り上げるような表情をしてから手にした大きなカップを飲み干す。
先ほどのダンスとは言えないようなものでも、自由に身体を動かすソフィアリはとても良い顔をしていた。昨日までの緊張から一時解放され、明日からの祭りの準備に向けて再び気の張ることを強いられる。
しかしどうだろう。本来ソフィアリは若い彼らと共にまだ学び舎で机を並べていたはずの青年じゃないか。
中央にいたころの様に忌憚なく友人たちと話し喜怒哀楽をあらわにしてのびのびと過ごす、ソフィアリの今ここの気持ちを大切にしてあげたいとラグは思ったのだ。これは夫としてというよりも、初めてであったころ彼を守ってあげたいと強く感じた、庇護者としての一面が顔を出したのかもしれない。
ゆっくりと若い男が己の番に近づきその手をとる姿から、しかし目が離せない。
「ソフィアリ。君と踊りたくてあれから猛特訓したんだよ」
「ほんとう? お手並み拝見だな」
茶化して笑うソフィアリはブラントの思いになどまるで気づかず、数年ぶりに会う友人の見上げるほどに成長した姿に昔の姿を探し、懐かしさと頼もしさを感じていた。
長いこと焦がれていながらも探し出せないでいた記憶の中の初恋の人が触れ合えるほど傍にいる。夢にまで見た場面を再現する悦びにブラントの胸は震える。
この街の海原に似た色の目と目が合い、番から愛し抜かれ幸せそうな美貌を熱っぽく見つめる。まるでブラントを男と意識していない無垢なほど無防備な貌に一矢報いたくなった。差し伸べた手を取った白い指先に礼を取ながら、恭しく口づけてからポジションをきめる。僅かだがソフィアリが身じろぎしたのが仄暗く嬉しい。
ここに誰もが称賛するであろう似合いの一対が誕生し、店内は二人の一挙手一動を見逃すまいと注視する。
二人は手を取り腰に手を回し呼吸を合わせると、一歩目を踏み出した。
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