香りの比翼 Ωの香水

鳩愛

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貴方のダンスが見てみたい7

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ふかっとした寝台代わりのマットに、ラグの大きな体躯で細いソフィアリが潰れないように配慮されながら優しく押し倒される。
ラグは理性のほうが勝っているときはいつだって丁寧で紳士的だ。

窮屈な礼服から眠っている間に着替えさせられてた服は、屋敷で寛ぐときに着ているものと同じ、滑らかな絹製だった。色は月光で紡がれたような光沢のある乳白色で、足元まで覆い隠すほど裾は長くとても優雅で麗しい。
見慣れない服なのでラグが選んでくれたようだが、ソフィアリはこの見るからに厳つい大男がどんな顔をしてこの優美な服を選んでくれたのだろうと可笑しくなりくすりと笑う。

これまで無骨な軍人として戦場で生き抜いてきて、番に服を贈るなどと考えたこともなかったラグだった。
以前キドゥの市場でソフィアリに思いがけず服を買ったことがあった。
選んだ服を身に着けラグに披露した時、眩い日差しの下、ソフィアリが飾らないはにかんだ笑顔を浮かべたのが印象的だった。
あの頃はまだ番にもなっていなかったが、すでになにか心惹かれるものを感じていた。
またそんな顔みたさにラグは慣れないながらも、たまにこうした贈り物を仕事のついでに探しては買ってきていた。船もその延長線と言えるかもしれない。

ラグに胸元から腰まで細かく閉じていた繊細な貝ボタンと飾り紐をするすると解かれて、あっという間に手際よく胸から足元まで白い身体が全開にされる。
ソフィアリはこの南の地においても未だ周りよりも白い艶麗な素肌を晒すと、夜風に震えて淡く色づく乳頭がふるりと立った。
それを見つけられては恥ずかしいとソフィアリは前身頃をまた引き合わせようと身をよじる。
その手をやんわり止められ、空の星が降るように綺麗、との思いを口にするタイミングをも奪われ、熱い唇に口内を舐られる。

ソフィアリはいつもラグのこの大きな厚い唇に自分の薄く小さな唇は、まるごと食べられてしまうのではないかという思いに囚われる。
それほど二人には体格に大きな差があるのだ。ちゅっちゅっと重なる口元から音がたつ。波のちゃぷっとした水音とともに耳に届き、開放感と屋外でこんな秘め事をする、後ろめたい気持ちが生まれて余計にじんじんと下腹部が感じてしまう。
角度を変えながら唇を吸われ、その後は深く深く舌で歯列を弄られる。舌をノックされたあたりではたと気がつく。
ぱしっと番の背を叩くと、ラグは給餌を止められた動物のように喉で唸った。

「ラグ、駄目。俺湯あみしてないから汚いし、汗臭いよ」

消え入りそうな声でそんなことをいいながら、眉を下げる顔はラグにしか見せない飾らない素顔のソフィアリの愛らしさだ。
発情期にはそんなこと気にしたこともなく、何度も大胆に挑んでくるソフィアリだが、番になって2年たってもこんなふうに時折恥らって、それがまたなんとも可愛く思ってしまう。

「そんなことはない。いつもいい匂いだ。花の香りに似ていて、俺は一人で別の街に行ったときも、花売りが来るたびお前の事を思い出す。それに……」

黒髪を首元から上にかきあげられ、少し引攣れて痛いと目を瞑ってから再び見上げたラグの目は、金の輪が広がりランタンの明かりを反射してギラリと光った。

背中に、ゾクゾクとした悪寒とも快感ともとれる怖気が駆け抜ける。

ラグはソフィアリの項を喉笛を狙う獣のような激しさで執拗に舐り始めた。昼間ランバートに触れられ、卒倒する原因を作った場所だ。
ここはオメガの急所なのか、それとも性感帯なのか。
そのどちらでもありうるかもしれない。
その証拠に番にこうして触れられると善がりすぎて辛いほど感じてしまう。

「あっ、あぁ。あんっあ」

滑らかな絹の手触りを楽しむように下着をつけていないソフィアリのくびれた腰から臀までを何度も行来させ翫びながら、首筋を舐め齧る。熱い息を耳元に吹きかけながら、切なくなるほど押し殺した声で囁かれる。

「アノ男の匂いがお前に移ってる。あの場であいつを殺してやりたかった。お前が眠っている間もこうして舐めて犯してしまいたくてたまらなかったのを、無理やり我慢してたのに」

どうやら一度お預けを食らわせたことで、ソフィアリはまたラグの野生のスイッチを押してしまっていたようだ。

首がチリチリと痛むほどに噛みつかれ、今度は両腕を張り付けるようにして片手で括られ頭のうえで固定されると、露わになった脇をベロベロと舐められる。

「やあ、汚いから! やめて! やだ!」

絶対にわざとやっていると確信するが片手で軽く押さえつけられた程度でもびくともしない。くすぐったさとゾクゾクと辛いほど感じるのと。嫌悪と快楽が紙一重の感覚に耐えられず目をぎゅと瞑る。
しかし足の間のものがずくんっと弛く立ち上がってきていることをラグの硬い腹筋に触れて悟られた。

もう片方の手の指先で直に屹立の先を裏筋からぬるっと撫で上げられた。

「いやあ」

「気持ちいいくせに、イヤイヤいうな」

腰を淫らに動かして刺激を逃そうとするのをさらに見咎められ、大きな手で包まれ絶妙な力減で擦りあげられる。

「くっ…… あぁっ」

ソフィアリの柳腰が何度も小さく跳ね上がり極める寸前に早急に追い上げられ、喘ぎながら薄めを開けてラグの顔を盗みた。
しかしその顔は情事の合間とは思えぬほど悲愴な表情を浮かべ、それは出会った頃に時折見せた翳りのある哀しいそれに似ていた。
ソフィアリは与えられた快感よりもそちらに気を取られてしまう。程なくして強い刺激を受け白いものが爆ぜたがそのそばからすうっと気持ちが醒めた。

ソフィアリは整わぬ呼吸のまま、動きを止めたラグのぶ厚い身体に長い脚を引っ掛け、力任せにぐいっと引き寄せる。
ラグは片手で我が身の重量を支えながらソフィアリの白い胸に顔を埋め、大人しく抱かれていた。程なくして、ソフィアリの細い腰に腕を回して強い力で抱きしめてきた。

「本当はお前を館に閉じ込めて、あんな奴らの目になど二度と触れさせたくない。温かい俺たちだけの巣を作って、大事にしまい込んでおきたい。俺だけがいつもお前を愛したい」

「ラグ……」

「お前を失ったら、俺はもう生きてはいけないだろう」

それは一度大切なものをすべて失った男の、血を吐くような哀しく切ない告白だった。

ラグは初めてそんな弱音とも取れる心中を、見守り慈しんできた若い番に吐露してしまった。

ソフィアリは驚きよりもその事実に、どきどきと胸の鼓動が早くなるのを感じてきた。
いつも頼れるずっと年上の男。誰よりも屈強で穏やかな、ソフィアリを溺愛する優しい夫。
そんな男が、初めてソフィアリに弱みを見せたのだ。

ソフィアリはラグがかつて妻子を失ったという大きな心の傷が、未だにこうして癒えきっていないと確信した。もちろん、消えることがないとはわかっている。しかし日頃そのことには多くを触れることなく生きてきていた。
だがきっと、今回のことがきっかけとなって心の表面に吹き出したのだと愕然とし、胸が張り裂けそうになる。

(ごめんなさい。ラグ)

今日ソフィアリが倒れ、中々目を覚まさなかったとき、ラグはどれほど恐ろしかったことだろう。自分のことや目先の細々としたことに追われ捕らわれ過ぎて、一番大切なことに気づいてあげられないでいた。

重たく熱い体躯を自分も抱きしめ返してあげたくて、解かれた腕の拘束から抜け出し、固く厚みのある背に必死に抱きついた。

(ラグ、大きな身体。腕が回りきらないよ。こんなに大きくて誰より強い人なのに、この人の命を預かっているのが俺だなんて)

人の人生を左右するほどの影響力と価値が若くちっぽけな自分自身に備わっていなんて、ソフィアリは思いもしなかった。そして我が身にのしかかるこの大切な人の重みと、これから背負う街の人々の重さ。
考えると涼しい夜風のせいだけでない。
その底知れぬ重圧に身震いする。

しかしそれら全てを支え続けられる、折れない靭やかな剣のような心を、弛まずに磨いていかねばならない。この土地に来ると決めたときから、ソフィアリの半分はこの街の人々のものでもあるのだと分かっているのだ。

でもだとしても、まずは誰よりも先に番であるラグに沢山の愛を返し、惜しまずに注いでいきたい。ラグが自分に与えてくれた愛を幾らでも返したいのだ。

(倒れている場合なんかじゃない。ラグは俺が守らなきゃ)

誰よりも強靭な人。でも一度消えることのない大きな疵を負ったその心を護れるのは俺だけだ。

真っ暗な空一面に無数の星の光が絶えず瞬いているのを番の肩越しに見上げた。
静かなこの世界に一つに抱き合う、自分たちだけしかいないような心地になる。

誰もいないこんな場所なら日頃はこうあるべきとか、こうしなければいけないとか、そんな気持ちを吹き飛ばし、全てを素直にさらけ出せる気がした。

ソフィアリはラグの硬い頭髪に手を置き、その大きな頭を撫ぜるようにしながら、年頃よりも落ち着いた静かな声で語りかける。 

「ラグ。番になった時、俺は牙で頸を齧られてこのままラグに殺されるんじゃないかと思った。でもその時ラグにだったら殺されてもいいって言ったよね。その気持ちは今でも変わらない。……でも。俺はラグのために生きることもできるよ。全力で生きて生きて、長生きするから、ずっと俺の傍にいて欲しい」

言葉を区切り、良い香りのする首筋の匂いを感じながらソフィアリは言い聞かせるように艶っぽい声で囁いた。

「それでも俺が先に居なくなることがあったら…… いいよ。俺の後を追ってきて。俺、空に登らないでラグのことちゃんと待ってるから。だから何も怖いことなんてないよ」

その言葉をうけ無言のまま、大きなラグの身体が声なく咆哮したようにブルっと震えた。
その目は濡れているのではないかとソフィアリは思って、柔らかく目元に口づけた。

「愛してるよ。ラグ。俺こそ貴方がいないと生きていけない」

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