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リナリアを胸に抱いて
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「ごめん。……雷くんは、学校を休みがちだって聞いたよ。あまり、勉強とか嫌い? 僕でよければ教えてあげるけど」
顔に出してしまったせいで、変な心配をされてしまった。誰からどう思われても良かったが、この人に兄より劣っていると思われるのは癪だった。
「勉強は、別に嫌いじゃない」
コントローラーを置いて立ち上がった雷はそのまま、母が手配した家庭教師が置いていった課題を透の前に広げて見せた。
「え、これやってるの? 高校でやる問題だよね?」
「学校の勉強は、退屈なんだ」
「……そっか。雷くんは雷くんで、色々大変なんだね。朔も、この大きな家を継いで行くために、沢山努力してるみたい。学生なのに、お父さんの仕事も手伝ってるって言ってた」
(……兄さんは昔よりずっと、真面目にやってる。父さんに透さんとのことを、認めさせたいからなのかもな)
「透さんさ、ベータなのにオメガに無理やり変化させられて、それで本当に兄さんと番になりたいの?」
「え……」
「どうして知っているかって? 兄さんがそう言ってたから。でも、透さんがオメガになったとして、幸せになれるとは限らない。うちの一族はアルファ同士でしか婚姻を認められない。結婚したって、愛情なんてないんだ。僕も兄さんも、この家を継ぐために無理やり産まされた命だ。兄さんはまだいい。この家を継ぐっていう意味がある。でも僕の人生は本当に、何の意味もない。ただの保険か、スペアみたいなものだろうな」
自嘲気味に呟いてソファーに腰かけ直した雷に、透が「そんなことない!」といいながら飛びかかるように抱き着いてきた。
思わずソファーのひじ掛けによろけて、雷は透の背中に手を回して慌てて抱き留める。
「そんなこと、言っちゃだめだよ。そんな風に、言わないで」
「……透さん」
「僕もだよ。僕も、そう。母さんは僕を産んだ後、家を出て行ったから、僕はまだ学生だった叔父さんと、今は亡くなった祖母に育てられたんだ。僕を捨てるぐらいなら、産まなければよかったのに、寂しい、哀しいって泣く俺に、叔父さんが言ったんだ。『お前がそこにそうしているだけで、嬉しくて仕方ない人に、いつか必ず未来で出会える。その人の為にも毎日元気に生きなさいって。それに俺も、ばあちゃんも、お前のことが大好きだ』って。だからね」
「……」
「僕は、雷くんが隣で笑ってくれることが、すごく嬉しいよ。君もね。傍で笑ってくれる人がいたら、その人を好きになってみるといいよ。雷くんは素敵な子だし、きっとみんなも君の事、大好きだと思う」
(……みんななんていい。あんたがいい)
そう叫びだしたい気持ちを抑えながら、雷は透にしがみ付いた。
(透さん、少しは僕の事、好きですか。兄さんに与えるほど、沢山の愛をくれなくたっていい。僕のこと、少しは……)
抱き着く腕に力を籠める雷を、透もまた応えるように強く抱きしめ返して、その後雷の顔を覗き込んできた。
「僕も君の事、大好きだよ」
透の大きな瞳から、ぽろぽろと透明な涙が落ちる。雷はああ、美しいなあと胸が熱くなる。
(これは、僕のためだけの、涙)
頬を伝い、落ちていくのがもったいない気がした。これは世界中でたった一人、透が雷を想って流してくれた、想いの結晶のようなものだ。いわば情け、いわば愛情だ。
雷は思わず手を伸ばして、その頬をそっと撫ぜようとした。
「透さん……、僕……」
(僕も、あなたを……)
思わず口につきかけた言葉、溢れそうな思いにぐっと胸が詰まる。もしかしたら彼に愛を告げてしまいたかったのかもしれない。
「何をしてるんだ」
しかし開きかけた口を留めたのは、兄の地を這うような低く冷たい声だった。
顔に出してしまったせいで、変な心配をされてしまった。誰からどう思われても良かったが、この人に兄より劣っていると思われるのは癪だった。
「勉強は、別に嫌いじゃない」
コントローラーを置いて立ち上がった雷はそのまま、母が手配した家庭教師が置いていった課題を透の前に広げて見せた。
「え、これやってるの? 高校でやる問題だよね?」
「学校の勉強は、退屈なんだ」
「……そっか。雷くんは雷くんで、色々大変なんだね。朔も、この大きな家を継いで行くために、沢山努力してるみたい。学生なのに、お父さんの仕事も手伝ってるって言ってた」
(……兄さんは昔よりずっと、真面目にやってる。父さんに透さんとのことを、認めさせたいからなのかもな)
「透さんさ、ベータなのにオメガに無理やり変化させられて、それで本当に兄さんと番になりたいの?」
「え……」
「どうして知っているかって? 兄さんがそう言ってたから。でも、透さんがオメガになったとして、幸せになれるとは限らない。うちの一族はアルファ同士でしか婚姻を認められない。結婚したって、愛情なんてないんだ。僕も兄さんも、この家を継ぐために無理やり産まされた命だ。兄さんはまだいい。この家を継ぐっていう意味がある。でも僕の人生は本当に、何の意味もない。ただの保険か、スペアみたいなものだろうな」
自嘲気味に呟いてソファーに腰かけ直した雷に、透が「そんなことない!」といいながら飛びかかるように抱き着いてきた。
思わずソファーのひじ掛けによろけて、雷は透の背中に手を回して慌てて抱き留める。
「そんなこと、言っちゃだめだよ。そんな風に、言わないで」
「……透さん」
「僕もだよ。僕も、そう。母さんは僕を産んだ後、家を出て行ったから、僕はまだ学生だった叔父さんと、今は亡くなった祖母に育てられたんだ。僕を捨てるぐらいなら、産まなければよかったのに、寂しい、哀しいって泣く俺に、叔父さんが言ったんだ。『お前がそこにそうしているだけで、嬉しくて仕方ない人に、いつか必ず未来で出会える。その人の為にも毎日元気に生きなさいって。それに俺も、ばあちゃんも、お前のことが大好きだ』って。だからね」
「……」
「僕は、雷くんが隣で笑ってくれることが、すごく嬉しいよ。君もね。傍で笑ってくれる人がいたら、その人を好きになってみるといいよ。雷くんは素敵な子だし、きっとみんなも君の事、大好きだと思う」
(……みんななんていい。あんたがいい)
そう叫びだしたい気持ちを抑えながら、雷は透にしがみ付いた。
(透さん、少しは僕の事、好きですか。兄さんに与えるほど、沢山の愛をくれなくたっていい。僕のこと、少しは……)
抱き着く腕に力を籠める雷を、透もまた応えるように強く抱きしめ返して、その後雷の顔を覗き込んできた。
「僕も君の事、大好きだよ」
透の大きな瞳から、ぽろぽろと透明な涙が落ちる。雷はああ、美しいなあと胸が熱くなる。
(これは、僕のためだけの、涙)
頬を伝い、落ちていくのがもったいない気がした。これは世界中でたった一人、透が雷を想って流してくれた、想いの結晶のようなものだ。いわば情け、いわば愛情だ。
雷は思わず手を伸ばして、その頬をそっと撫ぜようとした。
「透さん……、僕……」
(僕も、あなたを……)
思わず口につきかけた言葉、溢れそうな思いにぐっと胸が詰まる。もしかしたら彼に愛を告げてしまいたかったのかもしれない。
「何をしてるんだ」
しかし開きかけた口を留めたのは、兄の地を這うような低く冷たい声だった。
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