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リナリアを胸に抱いて
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兄の恋人、透と雷が再び接点を持ったのは学校が夏休みに入って数日後の事だった。
家族の誰も使うことはないが、好きな時に使えるキッチンがある。そこを通りかかった時、香ばしく甘い香りが漂ってきた。雷は興味を惹かれて、つい中をのぞいてしまったのだ。そこに、透がいた。
「えっと……。きみ、朔の弟くん、だよね?」
「……そうだけど」
一瞬、性別を見誤りそうになった。
袖のドレープが美しい、薄手の白いシャツ、腰元が絞られたサックスブルーのフレアパンツ。どちらもユニセックスなデザインで、首からは細い白銀のチェーンが垂れさがっていた。彼は雷を見つけると、大きな瞳をさらに零れんばかりに見開いていた。
窓から差し込む夏の強い日差しの中で、真っ白な肌が透けんばかりに輝いている。童顔ではないが、オメガといわれても頷けるような優し気で愛らしい顔立ちだ。長い睫毛が日を浴びてきらきらと輝く。美しいな、と思った。
(あいつの好みはこういう、ふわふわっとした甘い感じの人か)
「ここで、何やってるの?」
思わず不躾な声を出してしまった。兄が夏休みに入るとすぐ、恋人を家に泊め置いていると、ここに来る前に使用人たちが口さがなく喋っていた。兄自身は昨日から父について地方の視察に出かけていたはずだ。それなのに家に帰らない少年を図々しいと皆蔑んでいた。
「あの、パンケーキ」
「パンケーキ?」
「作ったんだけど、君、食べない? 見て! 銅板で焼いたパンケーキなんだよ!」
「はあ?」
持ち上げた小ぶりのフライパンは確かにぴかぴかの銅貨のような色をしていた。
「家から持ってきたんだ。これ、僕の宝物。これで焼くとね、外はさっくり、中はふんわりのパンケーキが焼けるんだよ。お昼に朔と一緒に食べようと思ったんだけど……。出張に出て今日も帰らないって知らなくって……」
「聞かされてなかったのか?」
「うん。さっきここ使っていいですかって聞いた女の人にそういわれた。『朔様は一週間お戻りになりませんから、貴方もおうちにお帰りになればよろしいのでは?』って言われたんだけど……」
使用人が主の友にそんな口の利き方をするはずはない。つまり彼は招かれざる客だと思われているわけだ。
(なんだこの人……。嫌味だって分かってないのか? 僕よりずっと年上のはずなのに、こんなんで世の中で生きて行けるのか)
しかし当の少年はおっとりとした様子で、使用人からの当てこすりには気づいていないようだ。 彼は小さく溜息をつくと、細い眉を下げ、ほとほと困り果てたという顔をした。
「僕のスマホ、朔がどこかに隠しちゃったみたいなんだ。もしかしたら出張先に持っていったのかもしれない。着替えは朔が用意してくれてたけど、財布も見当たらなくって、だから家に帰れないんだ。……でもそんなこと誰に話していいか分からなくて。あ、君に話しちゃったけど」
「っつ!」
(兄さん、何やってんだ)
家族の誰も使うことはないが、好きな時に使えるキッチンがある。そこを通りかかった時、香ばしく甘い香りが漂ってきた。雷は興味を惹かれて、つい中をのぞいてしまったのだ。そこに、透がいた。
「えっと……。きみ、朔の弟くん、だよね?」
「……そうだけど」
一瞬、性別を見誤りそうになった。
袖のドレープが美しい、薄手の白いシャツ、腰元が絞られたサックスブルーのフレアパンツ。どちらもユニセックスなデザインで、首からは細い白銀のチェーンが垂れさがっていた。彼は雷を見つけると、大きな瞳をさらに零れんばかりに見開いていた。
窓から差し込む夏の強い日差しの中で、真っ白な肌が透けんばかりに輝いている。童顔ではないが、オメガといわれても頷けるような優し気で愛らしい顔立ちだ。長い睫毛が日を浴びてきらきらと輝く。美しいな、と思った。
(あいつの好みはこういう、ふわふわっとした甘い感じの人か)
「ここで、何やってるの?」
思わず不躾な声を出してしまった。兄が夏休みに入るとすぐ、恋人を家に泊め置いていると、ここに来る前に使用人たちが口さがなく喋っていた。兄自身は昨日から父について地方の視察に出かけていたはずだ。それなのに家に帰らない少年を図々しいと皆蔑んでいた。
「あの、パンケーキ」
「パンケーキ?」
「作ったんだけど、君、食べない? 見て! 銅板で焼いたパンケーキなんだよ!」
「はあ?」
持ち上げた小ぶりのフライパンは確かにぴかぴかの銅貨のような色をしていた。
「家から持ってきたんだ。これ、僕の宝物。これで焼くとね、外はさっくり、中はふんわりのパンケーキが焼けるんだよ。お昼に朔と一緒に食べようと思ったんだけど……。出張に出て今日も帰らないって知らなくって……」
「聞かされてなかったのか?」
「うん。さっきここ使っていいですかって聞いた女の人にそういわれた。『朔様は一週間お戻りになりませんから、貴方もおうちにお帰りになればよろしいのでは?』って言われたんだけど……」
使用人が主の友にそんな口の利き方をするはずはない。つまり彼は招かれざる客だと思われているわけだ。
(なんだこの人……。嫌味だって分かってないのか? 僕よりずっと年上のはずなのに、こんなんで世の中で生きて行けるのか)
しかし当の少年はおっとりとした様子で、使用人からの当てこすりには気づいていないようだ。 彼は小さく溜息をつくと、細い眉を下げ、ほとほと困り果てたという顔をした。
「僕のスマホ、朔がどこかに隠しちゃったみたいなんだ。もしかしたら出張先に持っていったのかもしれない。着替えは朔が用意してくれてたけど、財布も見当たらなくって、だから家に帰れないんだ。……でもそんなこと誰に話していいか分からなくて。あ、君に話しちゃったけど」
「っつ!」
(兄さん、何やってんだ)
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