フリージアを嫌わないで

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
48 / 52
声を聴かせて

番外編SS 声を聴かせて1

しおりを挟む
☆伏見君との再会(透的には初めて会った)時のお話です。


 その時、透はなんの身構えも出来なかった。だからこの衝撃をまともに食らってしまった。

 自らが店主を務める洋菓子店のカウンターの中、丁度バースデーケーキの受け渡しが終わったところだった。
 パティシエの叔父と常連客が楽しげに談笑をしている。その隣で透もにこやかにしていた。

 そんな折、店の電話が鳴った。
 いつも通り透は客に会釈をすると、レジ横に移動して受話器を取り上げ耳にあてる。
 そして感じが良いと皆から褒めそやされる声で、いつも通りの挨拶をした。

「こんにちは。フリージアです」
『あの、店の前に貼ってあった、アルバイト募集の掲示をみてお電話を差し上げたのですが』 

 ぞわぞわぞわっと首筋の産毛が立った。

(朔……!)

 その声はあまりにも、かつての恋人によく似ていた。
 恋して愛して、青春の全てを捧げつくして、そうして捨てられた相手。
 頭はそんなことは無いとすぐに否定する。向こうから一方的に別れを告げられたのだ。
 万に一つでも、あり得ない。だけど身体は正直で、胸の鼓動は耳まで聞こえてきそうに早鐘を打つ。
 
 一年前に彼が悪戯で電話をかけてきたのではないだろうか。いや、そんなはずはない。彼は気を引く為ならなんだってやる、意地悪な男だ。こんなことも、やりかねない。
 そう自分に必死で言い聞かせる。受話器を持つ手が興奮なのか恐怖なのかそれとも歓喜なのか。自分でも分からずに震えていた。

「……っ!」

(早く何か言わないと……、変だと思われる)

 焦れば焦るほど、口がぱくぱくと空気だけを食んでしまう。
 思えば元恋人と最後に会話をした時もそうだった。喉に何かが押し込まれているように苦しくなって、声を出せなくなった。
 相手のいうことだけをただ聞いて、最後通牒のような冷たい台詞にただ頷くことしかできなかったのだ。

 愛する甥の微細な変化にすら敏感な雅に背後から肩を叩かれる。
 肩越しに振り替えると口の動きだけで『大丈夫か?』と問われる。
 そして電話の相手からも『あの……、こちら、洋菓子店のフリージアさんで間違いないですよね?』と尋ねられた。気づかわし気な優しい声色は、かつて愛情を交し合ったころのそれに似ていて、胸が余計に波立った。


 透は目の動きだけで美しい雅に『大丈夫』と伝えると、受話器を抑えてすうっと大きく息を吸った。
 心のどこかで、まだ、こんなにも彼を想っているという絶望を隠す。そして明るい声で返事をした。

「はい。フリージアでございます。大変失礼いたしました。アルバイトのご応募の方ですね……」



 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...