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フリージアを嫌わないで
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また絆される方に心の矢印がぐいっと傾くが、年長者としてここは心を鬼にして彼にきっぱりと断りを入れねばなるまいと思う。
「叔父さんに聞いたよね? 僕はもうアルファとは恋愛しないから。アルファはオメガと付き合って、ちゃんと番になった方がいいよ」
眉を顰めて再び視線を合わせようとした伏見から、逃れるようにして顔を背ける。
「どういうことですか?」
(しまった……。叔父さんが俺の過去の恋愛のこと全て話すわけないよな。別れた恋人がいるってだけで、深い話までするわけない)
焦って失言してしまったことに、透は真っ青になった後すぐに顔を真っ赤にした。
「透さん、俺、……くしゅっ」
伏見は頑健そうな肩を震わせると身体の大きさにしては可愛らしいくしゃみをした。
日頃完璧に見える彼が目が合うと恥ずかしそうにはにかんだ。
「すみません……」
透は大きな瞳でまじまじと見上げた後、軽やかな笑い声を立てる。今度こそもう、絆される方に傾いた針を戻せない。
若い彼が自分を取り繕わずに透に接してくれている。それを受け入れている自分がいる。いつも何か出来上がっていた信頼関係があるから、透はずっと誰にも踏み込ませなかった心の中まで彼を受け入れてしまった。
「ほら、風邪ひき始めてる。身体を暖めないと」
笑顔になった透に伏見はばつが悪そうな表情を浮かべて、青年らしい滑らかな頬を僅かに朱に染める。透はゆっくりと彼の掌から自分の手を引き出すと、もう一度ぐしゃぐしゃっと髪を拭ってやってタオルの間から少し戸惑い気味の表情を浮かべた彼を見上げる。彼は言い訳じみた言葉を言わないけれど、やっぱりちょっと恥ずかしいとは思っているようだ。その若さに余計に愛おしさが込み上げてきた。
(突然来たくせに、今度は自分の方が戸惑ってて、困った子だなあ)
「もう沸いてるからお風呂入ってきて。その間に着替えと夕食用意しておくね。簡単なものしかできないけど」
「え……。いいんですか。ありがとうございます」
わかりやすく喜色に耀く顔を見るのは、悪くない気持ちになった。
「俺のこと気にして戻ってきてくれたんでしょ? そのお礼」
伏見は否定をせず、僅かにこっくりと頷いた。
(着替えって言っても、俺より十センチは大きいよな。裸足はかわいそうだけどスリッパで我慢してもらおう。あ、あの服なら丁度いいかも。クローゼットにかけっぱなしになってたはず。缶詰のクラムチャウダー暖めて、ベーコンと白菜でも刻んで入れようっと。バケットも切らしてるし、ほんとは今日買い出しに行かないといけなかったんだよな)
自分はカフェエプロンを外して部屋着のカーディガンを羽織ると、忙しく部屋の中を動き回り始める。 彼の世話を焼いているうちに、先ほどまでの気鬱はすっかりどこかに飛んでいってしまった。
「家主より先にお風呂いただいてしまって。ありがとうございます」
すっかり血色がよくなった頬をして、彼は古風な口調でぺこりと一礼した。
「気にしないで。そこ、座って」
伏見は部屋に漂う香ばしく甘い香りの源を探すようにテーブルに視線を巡らせる。透は彼に向かい、すっかりいつも通りの洋菓子店の店長らしい感じの良い笑顔を浮かべた。
「甘いもの、嫌いじゃないよね?」
「好きです。パンケーキ。幾らでも食べられる」
「ごめんね。買い出ししてなくて碌なものしかなかったから、軽食みたいなメニューになっちゃった。パンケーキはよく従妹に作ってあげるから粉のストックが沢山あるんだ。店で余ってたホイップもそえちゃったけど、甘すぎるかな? バターと蜂蜜とメイプルシロップはお好みで足してね」
「叔父さんに聞いたよね? 僕はもうアルファとは恋愛しないから。アルファはオメガと付き合って、ちゃんと番になった方がいいよ」
眉を顰めて再び視線を合わせようとした伏見から、逃れるようにして顔を背ける。
「どういうことですか?」
(しまった……。叔父さんが俺の過去の恋愛のこと全て話すわけないよな。別れた恋人がいるってだけで、深い話までするわけない)
焦って失言してしまったことに、透は真っ青になった後すぐに顔を真っ赤にした。
「透さん、俺、……くしゅっ」
伏見は頑健そうな肩を震わせると身体の大きさにしては可愛らしいくしゃみをした。
日頃完璧に見える彼が目が合うと恥ずかしそうにはにかんだ。
「すみません……」
透は大きな瞳でまじまじと見上げた後、軽やかな笑い声を立てる。今度こそもう、絆される方に傾いた針を戻せない。
若い彼が自分を取り繕わずに透に接してくれている。それを受け入れている自分がいる。いつも何か出来上がっていた信頼関係があるから、透はずっと誰にも踏み込ませなかった心の中まで彼を受け入れてしまった。
「ほら、風邪ひき始めてる。身体を暖めないと」
笑顔になった透に伏見はばつが悪そうな表情を浮かべて、青年らしい滑らかな頬を僅かに朱に染める。透はゆっくりと彼の掌から自分の手を引き出すと、もう一度ぐしゃぐしゃっと髪を拭ってやってタオルの間から少し戸惑い気味の表情を浮かべた彼を見上げる。彼は言い訳じみた言葉を言わないけれど、やっぱりちょっと恥ずかしいとは思っているようだ。その若さに余計に愛おしさが込み上げてきた。
(突然来たくせに、今度は自分の方が戸惑ってて、困った子だなあ)
「もう沸いてるからお風呂入ってきて。その間に着替えと夕食用意しておくね。簡単なものしかできないけど」
「え……。いいんですか。ありがとうございます」
わかりやすく喜色に耀く顔を見るのは、悪くない気持ちになった。
「俺のこと気にして戻ってきてくれたんでしょ? そのお礼」
伏見は否定をせず、僅かにこっくりと頷いた。
(着替えって言っても、俺より十センチは大きいよな。裸足はかわいそうだけどスリッパで我慢してもらおう。あ、あの服なら丁度いいかも。クローゼットにかけっぱなしになってたはず。缶詰のクラムチャウダー暖めて、ベーコンと白菜でも刻んで入れようっと。バケットも切らしてるし、ほんとは今日買い出しに行かないといけなかったんだよな)
自分はカフェエプロンを外して部屋着のカーディガンを羽織ると、忙しく部屋の中を動き回り始める。 彼の世話を焼いているうちに、先ほどまでの気鬱はすっかりどこかに飛んでいってしまった。
「家主より先にお風呂いただいてしまって。ありがとうございます」
すっかり血色がよくなった頬をして、彼は古風な口調でぺこりと一礼した。
「気にしないで。そこ、座って」
伏見は部屋に漂う香ばしく甘い香りの源を探すようにテーブルに視線を巡らせる。透は彼に向かい、すっかりいつも通りの洋菓子店の店長らしい感じの良い笑顔を浮かべた。
「甘いもの、嫌いじゃないよね?」
「好きです。パンケーキ。幾らでも食べられる」
「ごめんね。買い出ししてなくて碌なものしかなかったから、軽食みたいなメニューになっちゃった。パンケーキはよく従妹に作ってあげるから粉のストックが沢山あるんだ。店で余ってたホイップもそえちゃったけど、甘すぎるかな? バターと蜂蜜とメイプルシロップはお好みで足してね」
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