フリージアを嫌わないで

天埜鳩愛

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フリージアを嫌わないで

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 よく見ると履いていたダークグレーのズボンもすっかり濡れてしまっているようだ。
 背伸びをした透は、手にしていたバスタオルを彼の頭から肩下までを覆うようにかぶせる。そのまま幼い従妹にそうする様に濡れた髪を拭き上げてやった。

「これは着替えないと駄目だね」
「……」
「帰りに傘持ってる? って僕、聞いたよね? 伏見君が大丈夫だっていうから傘渡さなかったのに。やっぱり持ってなかったの? 雪がひどくなるって予報だったのに、君らしくないね」  

 咎めながらも世話を焼く手を止めぬ透に、伏見は涼し気な目元を緩め、どことなく嬉しそうにしているのが呑気で困ってしまう。

「すみません」
「すみませんって……。寒い思いしたのは君だからいいけどさ、風邪でもひいたりしたら親御さんが心配される……、って君、一人暮らしだったよね。お母さま海外だっけ」

 そもそも彼は母親が暮らすアメリカから一人だけ帰国し、わざわざ日本の大学に編入してきたのだそうだ。そのあたりの事情は透も詳しくは知らない。ゆったりと伏見は首を振った。

「……母は、こっちにいたって息子の心配をするような人じゃないです。子供の頃からそうです。母はいつでも仕事優先で、自分のことは自分でなんとかするというのが、我が家のモットーでしたから」
「そっか。だからこんなにしっかりした息子が育つんだね。アルバイトを希望してきた他の学生さんよりずっと、受け答えがしっかりしてるって思ったもの。すごいなあって思う」

「……それでも小さい頃は、何かと世話を焼いてくれる人が傍にいるのが羨ましかったな」

 綺麗な顔でちらりと意味深な視線を送られると、胸がどうしようもなくざわめいてしまう。

「意外だな。君みたいに何でもできる人は、そういうの煩わしいのかと思ってた」
「そんなことないです。それに俺のことを心配して、こんな風に世話を焼いてくれるような人は、透さんだけですよ。俺はそれが嬉しい」

 再び、タオルを持つ手をきゅっとしっかり握られて、透はその冷たさにだけでなく驚いて彼を見上げた。

「伏見君? 離して」

 頬を赤らめ身をよじるが、彼は何故だか離してくれない。視線をじっと透からそらさぬまま、ぐいっと彼に向かいさりげなく引き寄せられた。
 手は離されたが変わらず距離は近いまま。

「伏見君?」

 彼は何も言わない。透は離れる訳にも行かず、ただ抱き締められる寸前のようなごく近い距離感に戸惑うばかりだ。
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