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 シーグリン商会の本部は職人市場街のほぼ中央にある。
 現在ロズクは立憲君主制をもって国を動かしている。また州ごとに知事がいるが、王都においては東西南北各地域の代表者が別に議会を作り王都を取り仕切っている。

 南地区の代表はシーグリン商会名誉会長である、ディランの祖父である。

 そのためこの建物は各種会議などにも利用される私財を投じて作られた、しかし歴とした公共施設である。

 そのきらびやかな会議室にどういうわけか西地区の貴族の居住地域代表の孫、東の学術地域の教授、北地区の軍部地域副団長、そして南地区商業地域代表の孫までもが揃って、
 雁首を揃えているが話している内容はまるで政治とは無縁であった。

「まあ、こちらがロキナ先生の束縛のきつい彼氏にしてストレイキャットのお兄様ね」

「誰だこのふざけた男は?」

 ……胃が痛すぎる。
 ロキナはしくしく痛む胸のあたりさすりながらこの信じられないくらいに不遜な美丈夫二人を眺めた。

 多分反りが合わなそうだなあと思っていたユノとディランだが、予想以上の合わなさ具合だ。

 会議室にはディランと隣にはレノ。そしてその隣に何故かレノの友人の学生。

 そして向かい合わせにユノとロキナが座り、テーブルにはフルーツがもられた青や緑のトロピカルな飲み物や菓子が山盛りに置かれていた。

 しかも本人は女装で着飾り、まるで南国の女王の風情だ。

 このわざとふざけた様子。
(確実にユノをあおりにきている……)
 たまにロキナが、ユノのことを愚痴っていたのが裏目に出たらしい。

「レノくんを保護してくださってありがとうございます」

 ロキナが深々と頭を下げるとユノは嫌そうに腕を組んで睨みつけた。

「何故わざわざロキナを呼び出したんだ。騎士団と学長に報告すればそんな必要どこにもないだろう?」  

「きちんと騎士団にも自警団から連絡を入れましたし、学長にもお伝えしましたよ? アタシがロキナ先生の友人と知っていますから、ロキナ先生に連れに行ってもらいなさいと学長がおっしゃったのよ。副団長、お仕事サボられていたのか騎士団からのレノの発見の報告が遅れたのでは?」

 あのクソジジイめとユノの不機嫌はマックスになる。アルバ学長は昔からお気に入りのロキナを可愛がりユノに対してあたりが強いのだ。

 しかし、聞き逃せない一言を冷たい声で放つ。

「ロキナの、友人?」

 机の下の見えない位置で手を強く握ってくるユノにロキナは慄きそうになる。
 食いつくとこはそこかよ、としかし周りの誰もが思った。

「まあ、とにかくユノ、ロキナ先生かお兄様とお家に帰るかしら?」

 すると終始無言で成り行きを見守っていたレノは膝の上で拳を握りつつ、ふるふると首を振った。

「明日の御前試合が終わるまで、家には帰りたくない」
「何、我儘いっているんだ、クソガキが」

 頭に拳を飛ばさん勢いで吐き捨てるユノに、ロキナがとりなす。

「学校でなにかトラブルがあったのだよね。私で良ければ相談に乗るから何でも話して。自宅が嫌ならば明日まで私の屋敷にきなさいね」

 するとユノが目を剥き、ディランはあー、もう逆効果~(笑) と聞こえよがしに呆れた声を出した。

「沢山の方にご心配をおかけしたことは、後でちゃんと謝ります。でも…… 明日まで少し時間をもらいたいです。なにか…… 自分の中で考えがまとまりそうな気がするんだ」  

 一つ一つ言葉を選ぶようにして、レノは自分の思いを話していった。

「俺からも謝ります。喧嘩の原因は俺や他のクラスメイトにあります。レノは悪くありません。レノ、明日まで俺の寮の部屋に行こう」

 そういってレノの手を握ろうとするクレバを、するりとかわさせるように、ディランがさり気なくユノの肩を抱き、自分のそばに引き寄せた。

「ちゃんと所在もわかったことだし、アタシが明日まで大事な弟君をお預かりするわ。公爵家にも、父君にもよろしくお伝え下さい」

「父上にはなにも言わないで! 迷惑をかけたくない。俺、母上にソックリだから ……父上に疎まれてると思う。だから何も言わないで下さい」

 そういってユノに頭を下げた。ディランはたまらない気持ちで、下を向いて震える薄い肩を掴む手に力を込めた。

「子どもを疎む親などいないわ。そうでしょ?」

 強い口調でディランがユノに言い放つ。

「勝手にいじけてそう思っておけ」

 ユノは兄弟とは思えないほど突き放す言葉をかけた。

「ユノ! なんてことを!」

 ロキナが長い睫毛が反り返るほど驚いて、とっさにユノの腕を叩いた。

「父君に瓜二つの落花の尊顔、拝見できて良かったわ! よろしくお伝え下さいね! レノはアタシが責任を持って明日闘技場まで送り届けますから!」

 ユノは一瞬ディランを流し目で睨めつけると追いすがるロキナとともに部屋をあとにした。 

(兄さんに向かって、落花の尊顔って!!)

 この国の諺で花である女を落とすが、実はつけさせず破滅させるような悪い美男のことをいう。

 しかし暗に女性二人を不幸な死に追いやったマティアス将軍を皮肉ったあだ名だ。そのマティアスに瓜二つなユノには強烈な当てこすりだった。

 面と向かってユノにそれを言う恐れ知らずがここにいるとは…… とロキナと残されたクレバは戦慄した。

「あー強烈なお兄様だったわね」

 そういってレノの頭を撫ぜるディランをレノは目に涙をためるほど笑って、キラキラの笑顔で見上げた。

「それ、ディランがいう? 兄上のあの、顔! すげー面白かった」

 ニッコリと笑う大きな金色の瞳をみると、勇気が湧いてくる気がした。

「さて、ワンコちゃんはうちの馬車で送っていかせるからちゃんと学校に戻りなさい」

 すると普段冷静沈着な優等生で顔には悪感情を出さないクレバが珍しく不快感を顔に出し、緑の瞳を細めレノを引き寄せ牽制した。

 あの、首に増えた跡。そして人に懐くまで長くツンツンしているレノがすっかり打ち解けている様子のディランに、男として本能的に危険を感じたのだ。

「いえ、俺はこのままレノのそばにいます。俺の家も城下町にありますので、レノをそちらに連れて帰ります」

 断言しきりっとした顔で告げ、レノの手の指に自らの指を絡ませる。クレバはディラン相手に一歩も引かない意志を見せつけた。

 レノは少し驚いた顔をしたが、こいつ、好きなやつには独占欲丸出しでこんな感じなんだ。とクレバの変化を興味深く思った。

「クレバ。色々とありがとう。俺のこと好きって言ってくれて嬉しかったよ。明日の試合が終わったら、俺もお祖父様たちの屋敷を出て、寮に入ろうと思う。少しずつ自立しないとな」

 そういうと信じられないほど爽やかな美しい顔で微笑み、顔の高さまで指を絡めてつないだ手を持ち上げると、クレバの手の甲にチュッと軽く音を立てて口づけた。

「だから今日は大人しく学園に帰って。明日からは一緒にいられるから」

 な? と光が入り菫色にも見える目で、上目遣いに小首をかしげた。

 クレバは不意打ちをくらって真っ赤な顔になる。ユノはそれをみて、してやったりとしながら、少し恥ずかしげにはにかむところがまた可愛らしい。

(レノったら。格好良さと可愛らしさの相乗攻撃!)

  無自覚天然の色事師だ。将来恐るべし。
  流石のディランも舌を巻いた。
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