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 暗い顔をして黙ってしまったレノに、ディランは可動式の肘掛けに頬杖をついて優しく見守った。
 ディランには友人との関係で一喜一憂するレノの様子が眩しくみえた。思い起こせばディランもこの年頃はまあ、色々やらかしていた。
 外国に着の身着のまま飛び出して、無一文に身ぐるみを剥がされて、他国にあった商会の取引先に転がり込んで助けてもらったこともあった。
 旅先で見知らぬ人に声をかけて意気投合してそのまま共に旅をして、恋仲になったあと拗れに拗れ、壮絶に別れたこともあった。
 この可憐にすら見える青年は、多分この数日で何かしらの壁を乗り越えようとしているのではないかとディランは思った。
 そしてそれは彼自身の成長のための、飛躍の足掛かりになってほしいとも思うのだ。お節介ながら。

「わかったわ。ベルちゃん。今日明日は私の『可愛い子』ってことにして、家に連れ帰ってあげるわ」

 ディランは細づやかなレノの掌の上に手を載せて指を絡めて握りながら、金色の虹彩が光る肉食の獣のような目を細め、意味深な笑みを浮かべる。

(さあ、この迷える愛し子は乗るだろうか? それとも逃げ出すだろうか?)

「ありがとうございます」
 レノは思い切りよく礼を言って、にこりと猫のような釣目を細めて美しく微笑んだ。それがハッタリの笑顔だとしても。挑発には確実に乗ってくる。そういうお年頃ということだ。動き出した馬車は次第に街の中を走り出した。

(いいのかしら? そんなに可愛い顔をして。初対面の大人を信じ切っても?)
 あざとい計算ではなく多分本当に無垢なのだろうと思ったら、ディランの中でレノへの庇護欲が余計に擽られていった。

 馬車の窓から見えるロズク王都の城下町は、渦巻貝のような坂のある美しい迷路だ。観光客にしてみると街のどこからでも見える王城と魔法学園のある双山が巨大な目印であるはずなのに、なんでいつまでも城にたどり着かないのだろうとなる。国の要である都市なので外から攻め込まれにくく作られたのが原因だ。ここ100年近く大きな戦争はしていないので、今となっては迷路もただの観光名所なのかもしれない。
 市街地にはいり、元は白いがくすんだ色になった海洋石のブロックの引かれた石畳に入ると馬車はがたがたと揺れを増す。
 ましてや学園に入ってからも行き先を示してくれる馬車や、バードゲージにしか乗ったことのない箱入り息子のレノが一人で歩けるはずはないのだ。

(この道、全然見たことがない場所ばかりだな)
 数少ない街歩きの機会もいつもクレバと共に歩いていたから、自分でもそこそここの街が分かる気でいたが、この街は噂通り住人であってもよほど慣れていないと案内無しで街歩きには向かないようだ。
 公共の馬車の停車場を降りてからの道がすでにさっぱりわからなくて、レノは内心どきどきしていたが、顔には出さないよう努めてディランの大きな背中を小走りでついて歩く。

「さあ、ついたわよ」
 てっきり店か自宅に連れて行かれるのかと思ったらそこは割と大きな平屋の建物だった。中からバタンドカンと大きな音がしてきてレノはびっくりする。

「中にはいるわよ」

 そこは何かの道場のような施設であった。民間の物なのだろうが作りはとても立派で、柱にふんだんに高級な北部産の硬い材木が使われている。地面には衝撃を吸収するための魔道具らしきマットが敷かれていた。
 屈強な男たちが組み合って何かの体術の技を繰りあっている。パンパンっとディランが手を打ち、男たちに注視させた。

「みんな! 今日はアタシの可愛い子を連れてきたから見学させてあげてね」
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