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第二部 

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「お前の兄貴がペット用のキャリーケースをもって車に乗ったから、もしかしたらと思って追いかけてきたんだ。マンションの前でずっと待っていたら、呼び出せばお前に会えるんじゃないかって」

 深森の一途な思いを受けて、卯乃は顔を上げ潤んだ瞳を恋人に向けた。
 口の形だけで『ごめんね』と告げれば、深森は首を振ると「いいんだ」とだけ呟いた。

「身体、大丈夫なのか?」
 
 兄が何か言ったのだろうか。卯乃の不調を深森は知っている様子だった。大丈夫、と言い難い。眉を下げ、曖昧に笑うが、表情が上手く作れない。

「卯乃……」

 鼻の奥がつんとしてきた。むぐむぐっと口を動かした後、見つめあったら余計に胸が苦しくて、卯乃が目で縋ると切なげに眉を寄せた深森の顔が近づいてきて、柔らかくそっと口づけをされた。触れたのは一瞬なのに、兄に「くっつけられた」のとは違う、熱がそこから広がるような心地だ。深森への愛おしさでじんっと熱を帯びた身体が炙られ、蕩ける。
 自分からも背伸びして口づけを強請ると、深森はもう一度卯乃の小さな顔を両手で包んで優しくキスをした。深森の手はとても冷たくて、明日大事な試合がある深森にこんなことをさせてしまったと、卯乃は罪悪感で胸が潰れそうだった。

「昼間会えたのに、なんかずっと、長いこと離れてた気分だな……。ああ、本当に、もう会えなかったらどうしようと思った」

 卯乃もこくこくと頷く。

(ごめん、連絡できなくて本当にごめんね。寒い中待たせて、ごめんね)

 謝りたいことや言いたいことが山ほど喉元まで溢れてくる。だけど喋れないのがもどかしい。
 深森の胸に顔を押し付けていた顔を上げた。卯乃は握りしめたスマホを深森に翳すと、「うう、ああ」とかすれた声を出しながらぺこぺこと頭を下げた。しかし急に大きな声を出して喋ろうとしたせいで「けほけほけほけほ」と激しく咳き込む

「大丈夫だから、無理して喋らなくていい」

 深森はそう言って卯乃の背中を優しく摩ってくれた。卯乃はまた深森の身体に抱き着いてすんっと深森の香りを嗅ぐ。

(深森、あったかい。落ち着く。やっぱり深森の傍がいい)

 すっぽりと腕の中に包まれて身体中の力を預けていると、「卯乃!」と怒りを孕んだ声で呼びかけられた。

(兄さん!)

 兄が卯乃を追いかけてきたのだ。部屋にサンダルという黒羽が絶対に外ではしないような恰好に、卯乃は余計にショックを受け、瞬間再び本性の姿に戻ってしまう。
 だが深森は冷静だった。卯乃とスマホを日ごろゴールを護る反射神経をいかんなく発揮して空中でキャッチしする。

「お前! 卯乃から離れろ!」

 初めて聞く兄の怒号に空気がぴりりっと空気が震える。卯乃は深森に胴を掴まれた状態でただただ震えた。
 深森は素早く自分のコートの前を開くと、シャツとパーカーの間に卯乃を抱え込む。そのまま兄に向って向き直って、暗闇でも冴え冴えと輝く瞳で真っすぐに黒羽をとらえた。

「お兄さん! 卯乃は俺の最愛の番です。必ず俺が護ります」

 恋人の懐に抱かれたまま、卯乃は深森が兄に啖呵を切る声を遠のく意識の中で聞いてから気を失った。
 
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