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第二部
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またいつ兎の姿に戻るとも分からないし時間の問題だ。幸い卯乃のスマホはダイニングのテーブルの上に置いてあった。それを掴んで中身を確認すると、電源がもう10パーセントを切っていた。
慌てて通話アプリを確認すると、やはりおびただしい数の深森からの着信が残っていたが、ブロックや削除はされていなくて胸を撫ぜおろした。
(深森、沢山連絡くれてる)
すぐに連絡をしたかったが、何しろ電源が落ちては元も子もない。
このまま兄と一緒にいて、またさっきみたいなことになったら大好きな兄の事を嫌いになってしまうかもしれない。それはどうしても避けたい。
(兄さんの気持ちには応えられないよ。ここから出ないと)
卯乃はタクシーアプリを開いて位置情報を確認する。すぐに迎車ボタンを押した。幸い10分以内にここに到着するようだ。
(門限ぎりぎりかもだけど、深森の寮まで飛ばしてもらって、顔を見て話したい。その後の事は後から考えよう)
部屋に戻ってクローゼットを開けたら、中からいくつもの風船が飛び出してきた。
(わあ、兄さん!)
上に上がらず固定されていた風船の一つを手に取ったらそこには『卯乃、成人おめでとう』とあった。
卯乃が好みそうなカジュアルな服から、ちょっと大人びたジャケットまで。好きなブランドの秋冬服、コートまでかけてある。卯乃は切なげな顔で沢山の真新しい上着を手に取れば、揺れた服の間からサシェからフローラルブーケの甘い花の香りが漂ってきた。小物や下着の類まで几帳面な兄らしく別のケースに綺麗に並んでいる。
このクローゼットの中にも、部屋の繊細なインテリアにも、兄の卯乃への愛情がぱんぱんに詰まっている。
(もしかしたら……。帰国日を教えなかったのも、ここをサプライズで見せたかったからなのかもな。兄さんってよくオレの誕生日にサプライズで色々してくれたもの)
卯乃はきゅっと唇を嚙み締めた。小さい頃家に帰ったら兄と姉が風船や画用紙で部屋を飾りつけして誕生日のお祝いをしてくれた。懐かしい温かい思い出だ。胸をかき乱され、ふらりと身体が揺れたのをクローゼットの端を掴んで懸命に耐えた。
袖を通すのが申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、靴下や下着、シャツにパーカー、パンツと、迷ったがミルクティーベージュに赤いチェックのダッフルコートも羽織った。
ふわりと暖かく軽い着心地で、上質のコートだ。ポケットにスマホをいれる。涙が滲んでしまった。だがぼんやりもしていられない。兄に見つかったら体調を理由にここに閉じ込められてしまうかもしれない。卯乃は意を決した。
どきどきしながら足早にリビングを抜け、玄関にいったらちゃんとお揃いのスニーカーが並んでおいてあった。小ぶりな方に足を入れて、卯乃は家の中に向き直ると頭をぐっと下げた。
(ごめんね。兄さん)
扉をそっと開けて、できるだけ早足で歩く。ちょっと早く歩いただけで息が上がって身体が熱くなった。
(タクシーの中で兎の姿になったらまずいから、深森の連絡先を運転手さんに教えておかないとだよね)
エレベーターのボタンを押すと、遅い時間だからかすぐに到着してくれた。兄が後ろから追いかけてきていないか確認して、エレベーターに乗り込む。
身体が熱い。背中をずるずるっと壁につけてふうふうっと息を吐く。
スマホを取り出して今では深森のアイコンになっているニャニャモの写真を指でなぞった。外に出たらタクシーを待ちながら深森と通話をするつもりでいた。
一階についてホテルのロビーのように立派なエントランスを抜けると卯乃は通話ボタンを即タップした。
『卯乃か?』
深森は即、通話に出てくれた。だが卯乃は声が出ないのだった。慌てて通話を切って、メッセージを打ち込む前に、深森からまた通話が掛かってきてしまった。
顔をあげてきょろきょろ周りを見渡したら、タクシーが静かに道路の方に止まっていた。
卯乃は震える携帯電話を握りしめたまま、タクシーの元まで駆け出していく。足がもつれて転びそうになって、なんとか開いたタクシーの扉の中に滑り込もうとしたその時。
「卯乃!」
最初は幻聴でも聞いたのかと思った。するともう一度「卯乃!」と静かな夜に響き渡るような精悍な声が聞こえた。シートについた手に力を込めて頑張ってまた外に出て立った途端、後ろから脚が浮くほどの勢いで抱きしめられた。匂い、気配、抱きしめる腕の強さを感じて涙がぶわっと浮かんでしまう。
卯野には振り返らずとも相手であるか分かっていた。嬉しくて、切なくて、涙が止まらない。
「卯乃、良かった……。無事だったか」
まるで今生の別れから再び巡り合った恋人同士のように。深森の腕はぎゅうぎゅうと力強く卯乃を捕まえて離さない。
(どうしてここに?)
慌てて通話アプリを確認すると、やはりおびただしい数の深森からの着信が残っていたが、ブロックや削除はされていなくて胸を撫ぜおろした。
(深森、沢山連絡くれてる)
すぐに連絡をしたかったが、何しろ電源が落ちては元も子もない。
このまま兄と一緒にいて、またさっきみたいなことになったら大好きな兄の事を嫌いになってしまうかもしれない。それはどうしても避けたい。
(兄さんの気持ちには応えられないよ。ここから出ないと)
卯乃はタクシーアプリを開いて位置情報を確認する。すぐに迎車ボタンを押した。幸い10分以内にここに到着するようだ。
(門限ぎりぎりかもだけど、深森の寮まで飛ばしてもらって、顔を見て話したい。その後の事は後から考えよう)
部屋に戻ってクローゼットを開けたら、中からいくつもの風船が飛び出してきた。
(わあ、兄さん!)
上に上がらず固定されていた風船の一つを手に取ったらそこには『卯乃、成人おめでとう』とあった。
卯乃が好みそうなカジュアルな服から、ちょっと大人びたジャケットまで。好きなブランドの秋冬服、コートまでかけてある。卯乃は切なげな顔で沢山の真新しい上着を手に取れば、揺れた服の間からサシェからフローラルブーケの甘い花の香りが漂ってきた。小物や下着の類まで几帳面な兄らしく別のケースに綺麗に並んでいる。
このクローゼットの中にも、部屋の繊細なインテリアにも、兄の卯乃への愛情がぱんぱんに詰まっている。
(もしかしたら……。帰国日を教えなかったのも、ここをサプライズで見せたかったからなのかもな。兄さんってよくオレの誕生日にサプライズで色々してくれたもの)
卯乃はきゅっと唇を嚙み締めた。小さい頃家に帰ったら兄と姉が風船や画用紙で部屋を飾りつけして誕生日のお祝いをしてくれた。懐かしい温かい思い出だ。胸をかき乱され、ふらりと身体が揺れたのをクローゼットの端を掴んで懸命に耐えた。
袖を通すのが申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、靴下や下着、シャツにパーカー、パンツと、迷ったがミルクティーベージュに赤いチェックのダッフルコートも羽織った。
ふわりと暖かく軽い着心地で、上質のコートだ。ポケットにスマホをいれる。涙が滲んでしまった。だがぼんやりもしていられない。兄に見つかったら体調を理由にここに閉じ込められてしまうかもしれない。卯乃は意を決した。
どきどきしながら足早にリビングを抜け、玄関にいったらちゃんとお揃いのスニーカーが並んでおいてあった。小ぶりな方に足を入れて、卯乃は家の中に向き直ると頭をぐっと下げた。
(ごめんね。兄さん)
扉をそっと開けて、できるだけ早足で歩く。ちょっと早く歩いただけで息が上がって身体が熱くなった。
(タクシーの中で兎の姿になったらまずいから、深森の連絡先を運転手さんに教えておかないとだよね)
エレベーターのボタンを押すと、遅い時間だからかすぐに到着してくれた。兄が後ろから追いかけてきていないか確認して、エレベーターに乗り込む。
身体が熱い。背中をずるずるっと壁につけてふうふうっと息を吐く。
スマホを取り出して今では深森のアイコンになっているニャニャモの写真を指でなぞった。外に出たらタクシーを待ちながら深森と通話をするつもりでいた。
一階についてホテルのロビーのように立派なエントランスを抜けると卯乃は通話ボタンを即タップした。
『卯乃か?』
深森は即、通話に出てくれた。だが卯乃は声が出ないのだった。慌てて通話を切って、メッセージを打ち込む前に、深森からまた通話が掛かってきてしまった。
顔をあげてきょろきょろ周りを見渡したら、タクシーが静かに道路の方に止まっていた。
卯乃は震える携帯電話を握りしめたまま、タクシーの元まで駆け出していく。足がもつれて転びそうになって、なんとか開いたタクシーの扉の中に滑り込もうとしたその時。
「卯乃!」
最初は幻聴でも聞いたのかと思った。するともう一度「卯乃!」と静かな夜に響き渡るような精悍な声が聞こえた。シートについた手に力を込めて頑張ってまた外に出て立った途端、後ろから脚が浮くほどの勢いで抱きしめられた。匂い、気配、抱きしめる腕の強さを感じて涙がぶわっと浮かんでしまう。
卯野には振り返らずとも相手であるか分かっていた。嬉しくて、切なくて、涙が止まらない。
「卯乃、良かった……。無事だったか」
まるで今生の別れから再び巡り合った恋人同士のように。深森の腕はぎゅうぎゅうと力強く卯乃を捕まえて離さない。
(どうしてここに?)
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