88 / 99
第二部
14
しおりを挟む
(黒羽兄さん! 何すんだよ!)
びっくりした拍子に卯乃はまた兎の姿に戻り、一瞬毛布の中にうずもれた。
だが次の瞬間、後ろ脚で兄の膝を蹴り上げてベッドから飛び降りると、部屋の隅にあるパキラの植木鉢の裏まで走って逃げだした。
「卯乃」
大好きな人だが、そういう意味で恋しく思ったことはない。名を呼ばれ恐る恐る顔だけ出してみれば、黒羽も自分のしでかしたことに呆然として口元を抑えていた。
「すまん。……離れている間、ずっとお前の事が恋しかった。会いたくてたまらなかったところに、お前がそんな恰好で縋ってきて、可愛い顔をするから、つい」
(ついってなんだよ!)
「僕が悪かった。もうしないから、出ておいで」
近づいて来た黒羽が片手を差し出してきたが、卯乃は鼻を鳴らすと思わずその指に噛みついた。
「痛っ……」
流石にやりすぎたと思ったが、気持ちは収まらなかった。足をだんだんだんだんっと踏み鳴らしてから、怠さ極まって蹲った。
(どうして、キスなんてしたんだよ。いくら兄弟だって……、いや、兄弟なら口になんて普通しない)
子供の頃から慕ってきた相手に裏切られた気持ちになった。卯乃は哀しくて恐ろしくて、植木鉢の裏に顔を突っ込んで尻尾を下げた。後で兄が立ちあがりこちらに近づいてくる気配がある。
「卯乃聞いてくれ」
(聞きたくない)
「……お前の事が好きだ。ここで一緒に暮らして欲しい。これは……プロポーズと受け取ってもらって構わない」
(聞きたくないってばっ!)
叫べればよかった。でも声が出ない。卯乃は精一杯不満げに鼻を鳴らして兄を威嚇するしかなかった。
「成人前だったお前を愛するのは消して許されないことだった。……遠く離れてみれば頭が冷えるかと思ったんだ。離れている間にお前は成人して、僕はやっぱりどこにいても何をしていても、お前の事が気になって堪らなかった。日本に戻ったらお前に気持ちを伝えたいと思っていた。だが可愛いお前が触れられるほど傍に居たら、胸がいっぱいで……。順序を踏み間違えた」
「ぶぅ」
卯乃は鼻を鳴らして足ダンをかまし、不満をあらわにした。今までずっと、一方的に好きになられた相手からしつこくされて、卯乃がどれだけ苦しんできたか黒羽は知っているはずなのに。
(急に、こんなことするなんて……。今までそんなこと、一言も)
本当にそうだっただろうか。
熱が上がったのかぼーっとする身体が怠すぎる。どこで何を間違ってしまったのか……。
卯乃が成人した時、ビデオ通話ですごく嬉しそうだった兄。
一度ならず何度も、一緒に暮らそうと言われてきたが、卯乃はそのたびにそっけなく返していた。
一人で暮らし始めたこともあり、自分もやっと家族から自立できたという自負もあった。それに深森と出会ってからは彼に夢中になってしまって、遠く離れた家族もみんな元気に幸せに過ごしていると思い込んでしまっていた。
(ごめん、兄さん……。オレ、何にも気付いてあげられなかった)
この部屋は卯乃が好みそうなもので溢れている。卯乃の体調を気遣って早めに帰国して、驚かせるつもりだったのか。兄が心を尽くしてここを用意してくれたのだと思う。兄の気遣いはありがたくて、でも思いの強さに困ってしまう。
卯乃は増々小さく縮こまった。
「……体調が悪いお前にこんなことすべきじゃなかった。きちんと話をしよう」
(話すって何を? オレとはもう、兄弟じゃいられないってこと?)
返事次第では大事な家族を失ってしまうかもしれない。卯乃は目の前が真っ暗になった。
「風呂に入ってくる。冷蔵庫に色々はいっているから、部屋に持ち込むといい。だがお願いだ。誓って何もしないから部屋に鍵をかけないでくれ。体調が悪化した時に気が付けなかったら、僕はもっと自分のことを許せなくなる」
びっくりした拍子に卯乃はまた兎の姿に戻り、一瞬毛布の中にうずもれた。
だが次の瞬間、後ろ脚で兄の膝を蹴り上げてベッドから飛び降りると、部屋の隅にあるパキラの植木鉢の裏まで走って逃げだした。
「卯乃」
大好きな人だが、そういう意味で恋しく思ったことはない。名を呼ばれ恐る恐る顔だけ出してみれば、黒羽も自分のしでかしたことに呆然として口元を抑えていた。
「すまん。……離れている間、ずっとお前の事が恋しかった。会いたくてたまらなかったところに、お前がそんな恰好で縋ってきて、可愛い顔をするから、つい」
(ついってなんだよ!)
「僕が悪かった。もうしないから、出ておいで」
近づいて来た黒羽が片手を差し出してきたが、卯乃は鼻を鳴らすと思わずその指に噛みついた。
「痛っ……」
流石にやりすぎたと思ったが、気持ちは収まらなかった。足をだんだんだんだんっと踏み鳴らしてから、怠さ極まって蹲った。
(どうして、キスなんてしたんだよ。いくら兄弟だって……、いや、兄弟なら口になんて普通しない)
子供の頃から慕ってきた相手に裏切られた気持ちになった。卯乃は哀しくて恐ろしくて、植木鉢の裏に顔を突っ込んで尻尾を下げた。後で兄が立ちあがりこちらに近づいてくる気配がある。
「卯乃聞いてくれ」
(聞きたくない)
「……お前の事が好きだ。ここで一緒に暮らして欲しい。これは……プロポーズと受け取ってもらって構わない」
(聞きたくないってばっ!)
叫べればよかった。でも声が出ない。卯乃は精一杯不満げに鼻を鳴らして兄を威嚇するしかなかった。
「成人前だったお前を愛するのは消して許されないことだった。……遠く離れてみれば頭が冷えるかと思ったんだ。離れている間にお前は成人して、僕はやっぱりどこにいても何をしていても、お前の事が気になって堪らなかった。日本に戻ったらお前に気持ちを伝えたいと思っていた。だが可愛いお前が触れられるほど傍に居たら、胸がいっぱいで……。順序を踏み間違えた」
「ぶぅ」
卯乃は鼻を鳴らして足ダンをかまし、不満をあらわにした。今までずっと、一方的に好きになられた相手からしつこくされて、卯乃がどれだけ苦しんできたか黒羽は知っているはずなのに。
(急に、こんなことするなんて……。今までそんなこと、一言も)
本当にそうだっただろうか。
熱が上がったのかぼーっとする身体が怠すぎる。どこで何を間違ってしまったのか……。
卯乃が成人した時、ビデオ通話ですごく嬉しそうだった兄。
一度ならず何度も、一緒に暮らそうと言われてきたが、卯乃はそのたびにそっけなく返していた。
一人で暮らし始めたこともあり、自分もやっと家族から自立できたという自負もあった。それに深森と出会ってからは彼に夢中になってしまって、遠く離れた家族もみんな元気に幸せに過ごしていると思い込んでしまっていた。
(ごめん、兄さん……。オレ、何にも気付いてあげられなかった)
この部屋は卯乃が好みそうなもので溢れている。卯乃の体調を気遣って早めに帰国して、驚かせるつもりだったのか。兄が心を尽くしてここを用意してくれたのだと思う。兄の気遣いはありがたくて、でも思いの強さに困ってしまう。
卯乃は増々小さく縮こまった。
「……体調が悪いお前にこんなことすべきじゃなかった。きちんと話をしよう」
(話すって何を? オレとはもう、兄弟じゃいられないってこと?)
返事次第では大事な家族を失ってしまうかもしれない。卯乃は目の前が真っ暗になった。
「風呂に入ってくる。冷蔵庫に色々はいっているから、部屋に持ち込むといい。だがお願いだ。誓って何もしないから部屋に鍵をかけないでくれ。体調が悪化した時に気が付けなかったら、僕はもっと自分のことを許せなくなる」
60
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる