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第二部 

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(黒羽兄さん! 何すんだよ!) 

 びっくりした拍子に卯乃はまた兎の姿に戻り、一瞬毛布の中にうずもれた。
 だが次の瞬間、後ろ脚で兄の膝を蹴り上げてベッドから飛び降りると、部屋の隅にあるパキラの植木鉢の裏まで走って逃げだした。
 
「卯乃」
 
 大好きな人だが、そういう意味で恋しく思ったことはない。名を呼ばれ恐る恐る顔だけ出してみれば、黒羽も自分のしでかしたことに呆然として口元を抑えていた。

「すまん。……離れている間、ずっとお前の事が恋しかった。会いたくてたまらなかったところに、お前がそんな恰好で縋ってきて、可愛い顔をするから、つい」

(ついってなんだよ!)

「僕が悪かった。もうしないから、出ておいで」

 近づいて来た黒羽が片手を差し出してきたが、卯乃は鼻を鳴らすと思わずその指に噛みついた。

「痛っ……」

 流石にやりすぎたと思ったが、気持ちは収まらなかった。足をだんだんだんだんっと踏み鳴らしてから、怠さ極まって蹲った。

(どうして、キスなんてしたんだよ。いくら兄弟だって……、いや、兄弟なら口になんて普通しない)

 子供の頃から慕ってきた相手に裏切られた気持ちになった。卯乃は哀しくて恐ろしくて、植木鉢の裏に顔を突っ込んで尻尾を下げた。後で兄が立ちあがりこちらに近づいてくる気配がある。

「卯乃聞いてくれ」

(聞きたくない)

「……お前の事が好きだ。ここで一緒に暮らして欲しい。これは……プロポーズと受け取ってもらって構わない」

(聞きたくないってばっ!)

 叫べればよかった。でも声が出ない。卯乃は精一杯不満げに鼻を鳴らして兄を威嚇するしかなかった。

「成人前だったお前を愛するのは消して許されないことだった。……遠く離れてみれば頭が冷えるかと思ったんだ。離れている間にお前は成人して、僕はやっぱりどこにいても何をしていても、お前の事が気になって堪らなかった。日本に戻ったらお前に気持ちを伝えたいと思っていた。だが可愛いお前が触れられるほど傍に居たら、胸がいっぱいで……。順序を踏み間違えた」
「ぶぅ」

 卯乃は鼻を鳴らして足ダンをかまし、不満をあらわにした。今までずっと、一方的に好きになられた相手からしつこくされて、卯乃がどれだけ苦しんできたか黒羽は知っているはずなのに。

(急に、こんなことするなんて……。今までそんなこと、一言も)

 本当にそうだっただろうか。
 熱が上がったのかぼーっとする身体が怠すぎる。どこで何を間違ってしまったのか……。

 卯乃が成人した時、ビデオ通話ですごく嬉しそうだった兄。
 一度ならず何度も、一緒に暮らそうと言われてきたが、卯乃はそのたびにそっけなく返していた。
一人で暮らし始めたこともあり、自分もやっと家族から自立できたという自負もあった。それに深森と出会ってからは彼に夢中になってしまって、遠く離れた家族もみんな元気に幸せに過ごしていると思い込んでしまっていた。

(ごめん、兄さん……。オレ、何にも気付いてあげられなかった)
 
 この部屋は卯乃が好みそうなもので溢れている。卯乃の体調を気遣って早めに帰国して、驚かせるつもりだったのか。兄が心を尽くしてここを用意してくれたのだと思う。兄の気遣いはありがたくて、でも思いの強さに困ってしまう。
 卯乃は増々小さく縮こまった。

「……体調が悪いお前にこんなことすべきじゃなかった。きちんと話をしよう」

(話すって何を? オレとはもう、兄弟じゃいられないってこと?)

 返事次第では大事な家族を失ってしまうかもしれない。卯乃は目の前が真っ暗になった。

「風呂に入ってくる。冷蔵庫に色々はいっているから、部屋に持ち込むといい。だがお願いだ。誓って何もしないから部屋に鍵をかけないでくれ。体調が悪化した時に気が付けなかったら、僕はもっと自分のことを許せなくなる」

 

 
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