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第二部 

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(呼び鈴なった! 深森?)

 会いたい、会いたい。

 卯乃は兎の姿のまま、自室の扉に何度もぶつかりに行ったがびくともしない。それでも派手な音を立てれば兄が様子を見に来てくれるかと思い、怠い身体に鞭を打ち何度も体当たりを繰り返す。

(兄さん、なんか深森に変なこと言ってたらどうしよう)
 
 きゅー。最後にびたんっとぶつかった後は頭がくらくらして床の上に伸びてしまった。

 半ば気を失っていたかもしれない。どのくらい時間が経ったか、「卯乃? 大丈夫か?」と焦ったような兄の声を聞いたような気がしたが、そのままくったりと目を瞑った。

 気怠い身体をふかふかしたものにくるまれたまま、卯乃は兄に持ち上げられると、うさぎ用のキャリーに入れられてしまう。

 そのまま車の助手席に置かれて移動した先は車で10分ほどのところにある、黒羽が借りているマンションだった。短期の海外赴任の予定だったから部屋をそのままにしているとは聞いていた。双子の兄と姉にもまた別に血のつながった兄弟がいる。その中の一人が不動産業を営んでいて管理している物件らしく、そのまま借りっぱなしにしていたらしい。
 一人暮らしだがワンルームではない。まるでファミリーか夫婦が暮らすような間取りで、かなり広々としている。卯乃が好むような白壁にグリーンが生える一室にキャリーに入ったまま卯乃は運ばれてきた。兄は卯乃を入れたキャリーを真新しく清潔感溢れるベッドの上に載せると、ケースのジップを開けてくれる。
 卯乃はひょこひょことそこから出ると、ベッドサイドに座る兄の膝の上によじ乗った。

「ここは卯乃の為に用意した部屋だから、自由に使ってくれて構わない。当分の着替えも新しいものをクローゼットに入れてある。あっちの家は冬場寒いだろ。僕とここで暮らした方が体調の回復も早いだろう」
 
 兄はまた卯乃の背中を撫ぜ、声もどこか弾んで嬉しそうだった。
 卯乃は鼻をひくひくさせながら部屋を見渡した。

(兄さんらしいセンスの良さ。モデルルームみたい)

 実家にある卯乃の部屋のよりずっと広い。ウォールナットの床に、真っ白な壁。壁には卯乃が好む緑の空間を演出するコウモリランや苔が付いた板が打ち付けられてある。天井からは吊るされたアイビーと小さなLEDライトが星くずのように煌めき可愛らしく垂れている。
 窓辺近くにある小ぶりの折り畳みができる木材の机はノートPCを置いて作業がしやすそうで、小ぶりの薄型テレビの両サイドにオーディオセットも配され、二人掛けの小さなソファーも置いてある。
 およそ学生の一人部屋のイメージとしては最高に暮らしやすそうな空間に設えてあった。
 
 兄と離れている間に「日本に戻ったら一緒に暮らそう」と何度も言われていたが、卯乃は「でも実家があるじゃん」と卯乃は答え、二人の話は平行線のままだったはずだ。

(たしかに最後に話した時、「冬場は絶対にマンションの方が暖かいぞ。卯乃は寒さに弱いから絶対その方がいい」って兄さんが言うから、別に深く考えないで「あったかいのはいいね」とはいったかもだけど、一緒に暮らすとは約束してないのに。兄さんってすごく面倒見が良くていい人なんだけど、たまに自分の思い込みだけで突っ走るところがあるんだよなあ)

 卯乃は心の中で盛大に溜息をついた。

「……それに、あっちの家にいたら僕の留守中にまたあの男が訪ねてくるかもしれないだろ? 今日は僕が追い返したからよかったけど、お前ひとりでは心配だ。体調も心配だし、明日病院に連れて行ってあげるから、今日はもうこのまま大人しく休みなさい」

(あの男?! 深森のこと?)

 卯乃は力を振り絞ると、兄の膝の上でぱんっと人の姿に戻った。

「う、卯乃?!」

 驚く兄を裸のままベッドに押し倒す形になってしまったが構わない。白い肌を露わな卯乃は熱っぽさで可愛らしい顔を火照らせ、必死に兄に伸し掛かった。

「な、なんて格好してるんだ。はしたない」 

 日ごろ冷静な兄が、なんだか珍しく真っ赤な顔をして慌てふためいている。

「あぁ! けほっ……。にぃ……みも……」
(はあ? 本性の姿になってたんだから、仕方ないだろ! それよりどうして深森に会わせてくれなかったの?)

 そう言って兄を責め立てたかったが、人の姿になっても相変わらず声がかすれてうまく出ないのだ。
 兄の胸に裸で縋り、潤んだ瞳でぺしぺしと胸を叩く。腹の上に卯乃を乗っけたまま兄はベットで仰向けになる。片手は滑らかな卯乃の背中に回し、もう片手は後頭部にあて、愛おし気に髪を優しく撫ぜてきた。

「卯乃……、卯乃。ずっと。会いたかった」

 黒羽が不意に熱っぽく切なげな声で卯乃を呼ぶ。がばっと上体を起こした兄の腕の中へ、卯乃はすっぽりと抱きしめられてしまった。



 



 
 
 
 
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