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第二部 

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 一瞬尻尾がぶわっと太くなった感覚が自分でも分かった。深森は目を瞑ると眉間に深く皺を刻みながら深く息を吸う。心を落ち着けてから、暗い中でも宝石のように煌めく瞳で黒羽に訴えかけた。

「嘘なんてついていません。つく必要もない。卯乃さんに会わせてくださればすぐに分かることです。会わせてください」

 威圧的な態度を崩さぬ兄に、深森は一歩も引かずに言い切り、頭を下げた。だが黒羽は頑なだった。共に育った兄弟とはいえあの温和で呑気な卯乃とは似ても似つかない。
 黒羽は神経質そうな吊り上げると、たんっ、三和土で踵を打ち鳴らしてあからさまに深森を威嚇してきた。

「君が一方的に弟に付きまとって居ないと言い切れるのか? あの子のスマホに大量の着信履歴があった。挙句にこんな夜中に押しかけてきて、非常識だろう」

 たしかに着信履歴やメッセージを大量に残してしまった自覚はある。卯乃が兄にわざわざスマホをみせたのだろうか? それとも勝手に見たのか。色々疑念はあったが深森がぐっと詰まると、黒羽はその変化を見逃さなかった。

「心当たりがあるんだろう?」

 黒羽は意地でも家に入れまいと、引き戸に手をかけたまま一歩前に身体を進めてきた。

「卯乃は昔、友人だった男にしつこく付きまとわれたことがあったんだ。あの子は優しい子だから、一度仲良くなった相手に遠慮をして距離を置きたくとも言い出せない。あの子が君について僕に何も言っていない以上、君が今、一方的に卯乃に懸想していないと否定できないだろう」

  とりつく暇もないとはこのことだ。意地でも卯乃と合わせる気はないというのが、いつでも深森の鼻先で戸を閉めてやろうという気配から伝わってくる。

「僕はあの子の兄だ。あの子を護る責務がある」

 きっと本性の姿だったら喉を鳴らして威嚇しながら相手に飛びかかってしまっただろう。それほどの怒りが込み上げてきた。

(違うな。違う。卯乃を護るのはあんたじゃない。恋人である俺だ)

 日頃それほど沸点が低い方でもない深森でも、爪を剥き出しにして引き裂いてやりたい衝動に駆られる。だが卯乃乃兄を引き裂くわけにはいかない。代わりに深森は炯々とした瞳で黒羽を睨みつけながら、上着のポケットに手を突っこんで片手でスマホを探る。
 卯乃と日々交し合ってきた仲睦まじいメッセージのやり取りや、愛らしく眠る卯乃を至近距離で写し取った写真を、このわからずやの前に晒してやりたい。
 そんな狂おしい気持ちになった。だが相手は卯乃が大切に想っている家族だ。

『黒羽兄さんはね、小さい時からいつもオレの傍に居て面倒を見てくれたんだよ。だから去年は兄さんが、今年はニャニャモが傍に居なくて寂しかったなあ。でも今は深森がいてくれるから、オレ幸せだよ』

 にこにこと屈託ない卯乃の顔を思い浮かべたら、なにか行き違いがあったにせよ、夜中に玄関先で揉めるのは得策ではないと思いなおす。深森は次々に沸き起こる負の感情を一旦腹の底に貯め、なんとか平静を装った。

 「俺は明日卯乃さんとお会いする約束があります。……連絡がつかないので心配になってきてみたんです。卯乃さん、体調を崩されているんじゃないかと」
「そうだ。分かっているならそっとしておいてくれ。弟はこの時期になると毎年体調を崩してきたんだ」
「え……」
「知らされてないのか?」

 鼻で笑われ、「やっぱりな」と吐き捨てられた。

「交際しているなんて嘘だな。卯乃は秋の換毛期になると毎年熱を出して、酷い時は本性の姿になって数日戻らない。何も知らされていないお前が、卯乃の恋人とはとても思えない」

 頭を殴りつけられたような衝撃に立ち尽くす深森の前で、黒羽ががらがら、ぴしゃりと引き戸を閉めた。

「二度と弟に付きまとうなよ」
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