85 / 99
第二部
11
しおりを挟む
一瞬尻尾がぶわっと太くなった感覚が自分でも分かった。深森は目を瞑ると眉間に深く皺を刻みながら深く息を吸う。心を落ち着けてから、暗い中でも宝石のように煌めく瞳で黒羽に訴えかけた。
「嘘なんてついていません。つく必要もない。卯乃さんに会わせてくださればすぐに分かることです。会わせてください」
威圧的な態度を崩さぬ兄に、深森は一歩も引かずに言い切り、頭を下げた。だが黒羽は頑なだった。共に育った兄弟とはいえあの温和で呑気な卯乃とは似ても似つかない。
黒羽は神経質そうな吊り上げると、たんっ、三和土で踵を打ち鳴らしてあからさまに深森を威嚇してきた。
「君が一方的に弟に付きまとって居ないと言い切れるのか? あの子のスマホに大量の着信履歴があった。挙句にこんな夜中に押しかけてきて、非常識だろう」
たしかに着信履歴やメッセージを大量に残してしまった自覚はある。卯乃が兄にわざわざスマホをみせたのだろうか? それとも勝手に見たのか。色々疑念はあったが深森がぐっと詰まると、黒羽はその変化を見逃さなかった。
「心当たりがあるんだろう?」
黒羽は意地でも家に入れまいと、引き戸に手をかけたまま一歩前に身体を進めてきた。
「卯乃は昔、友人だった男にしつこく付きまとわれたことがあったんだ。あの子は優しい子だから、一度仲良くなった相手に遠慮をして距離を置きたくとも言い出せない。あの子が君について僕に何も言っていない以上、君が今、一方的に卯乃に懸想していないと否定できないだろう」
とりつく暇もないとはこのことだ。意地でも卯乃と合わせる気はないというのが、いつでも深森の鼻先で戸を閉めてやろうという気配から伝わってくる。
「僕はあの子の兄だ。あの子を護る責務がある」
きっと本性の姿だったら喉を鳴らして威嚇しながら相手に飛びかかってしまっただろう。それほどの怒りが込み上げてきた。
(違うな。違う。卯乃を護るのはあんたじゃない。恋人である俺だ)
日頃それほど沸点が低い方でもない深森でも、爪を剥き出しにして引き裂いてやりたい衝動に駆られる。だが卯乃乃兄を引き裂くわけにはいかない。代わりに深森は炯々とした瞳で黒羽を睨みつけながら、上着のポケットに手を突っこんで片手でスマホを探る。
卯乃と日々交し合ってきた仲睦まじいメッセージのやり取りや、愛らしく眠る卯乃を至近距離で写し取った写真を、このわからずやの前に晒してやりたい。
そんな狂おしい気持ちになった。だが相手は卯乃が大切に想っている家族だ。
『黒羽兄さんはね、小さい時からいつもオレの傍に居て面倒を見てくれたんだよ。だから去年は兄さんが、今年はニャニャモが傍に居なくて寂しかったなあ。でも今は深森がいてくれるから、オレ幸せだよ』
にこにこと屈託ない卯乃の顔を思い浮かべたら、なにか行き違いがあったにせよ、夜中に玄関先で揉めるのは得策ではないと思いなおす。深森は次々に沸き起こる負の感情を一旦腹の底に貯め、なんとか平静を装った。
「俺は明日卯乃さんとお会いする約束があります。……連絡がつかないので心配になってきてみたんです。卯乃さん、体調を崩されているんじゃないかと」
「そうだ。分かっているならそっとしておいてくれ。弟はこの時期になると毎年体調を崩してきたんだ」
「え……」
「知らされてないのか?」
鼻で笑われ、「やっぱりな」と吐き捨てられた。
「交際しているなんて嘘だな。卯乃は秋の換毛期になると毎年熱を出して、酷い時は本性の姿になって数日戻らない。何も知らされていないお前が、卯乃の恋人とはとても思えない」
頭を殴りつけられたような衝撃に立ち尽くす深森の前で、黒羽ががらがら、ぴしゃりと引き戸を閉めた。
「二度と弟に付きまとうなよ」
「嘘なんてついていません。つく必要もない。卯乃さんに会わせてくださればすぐに分かることです。会わせてください」
威圧的な態度を崩さぬ兄に、深森は一歩も引かずに言い切り、頭を下げた。だが黒羽は頑なだった。共に育った兄弟とはいえあの温和で呑気な卯乃とは似ても似つかない。
黒羽は神経質そうな吊り上げると、たんっ、三和土で踵を打ち鳴らしてあからさまに深森を威嚇してきた。
「君が一方的に弟に付きまとって居ないと言い切れるのか? あの子のスマホに大量の着信履歴があった。挙句にこんな夜中に押しかけてきて、非常識だろう」
たしかに着信履歴やメッセージを大量に残してしまった自覚はある。卯乃が兄にわざわざスマホをみせたのだろうか? それとも勝手に見たのか。色々疑念はあったが深森がぐっと詰まると、黒羽はその変化を見逃さなかった。
「心当たりがあるんだろう?」
黒羽は意地でも家に入れまいと、引き戸に手をかけたまま一歩前に身体を進めてきた。
「卯乃は昔、友人だった男にしつこく付きまとわれたことがあったんだ。あの子は優しい子だから、一度仲良くなった相手に遠慮をして距離を置きたくとも言い出せない。あの子が君について僕に何も言っていない以上、君が今、一方的に卯乃に懸想していないと否定できないだろう」
とりつく暇もないとはこのことだ。意地でも卯乃と合わせる気はないというのが、いつでも深森の鼻先で戸を閉めてやろうという気配から伝わってくる。
「僕はあの子の兄だ。あの子を護る責務がある」
きっと本性の姿だったら喉を鳴らして威嚇しながら相手に飛びかかってしまっただろう。それほどの怒りが込み上げてきた。
(違うな。違う。卯乃を護るのはあんたじゃない。恋人である俺だ)
日頃それほど沸点が低い方でもない深森でも、爪を剥き出しにして引き裂いてやりたい衝動に駆られる。だが卯乃乃兄を引き裂くわけにはいかない。代わりに深森は炯々とした瞳で黒羽を睨みつけながら、上着のポケットに手を突っこんで片手でスマホを探る。
卯乃と日々交し合ってきた仲睦まじいメッセージのやり取りや、愛らしく眠る卯乃を至近距離で写し取った写真を、このわからずやの前に晒してやりたい。
そんな狂おしい気持ちになった。だが相手は卯乃が大切に想っている家族だ。
『黒羽兄さんはね、小さい時からいつもオレの傍に居て面倒を見てくれたんだよ。だから去年は兄さんが、今年はニャニャモが傍に居なくて寂しかったなあ。でも今は深森がいてくれるから、オレ幸せだよ』
にこにこと屈託ない卯乃の顔を思い浮かべたら、なにか行き違いがあったにせよ、夜中に玄関先で揉めるのは得策ではないと思いなおす。深森は次々に沸き起こる負の感情を一旦腹の底に貯め、なんとか平静を装った。
「俺は明日卯乃さんとお会いする約束があります。……連絡がつかないので心配になってきてみたんです。卯乃さん、体調を崩されているんじゃないかと」
「そうだ。分かっているならそっとしておいてくれ。弟はこの時期になると毎年体調を崩してきたんだ」
「え……」
「知らされてないのか?」
鼻で笑われ、「やっぱりな」と吐き捨てられた。
「交際しているなんて嘘だな。卯乃は秋の換毛期になると毎年熱を出して、酷い時は本性の姿になって数日戻らない。何も知らされていないお前が、卯乃の恋人とはとても思えない」
頭を殴りつけられたような衝撃に立ち尽くす深森の前で、黒羽ががらがら、ぴしゃりと引き戸を閉めた。
「二度と弟に付きまとうなよ」
60
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる