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第二部
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沢山話したいことがあるので卯乃は口をぱくぱくとさせたが、兎の姿ではどうにもならない。兄にはそんな卯乃の焦りはお見通しなので、柔和な微笑みを唇に浮かべながら背中を撫ぜ続けた。
「ふふ。卯乃。僕もお前と沢山話がしたいよ。でもね。体調を崩しているのだから、今はゆっくり休みなさい。来月頭まで休暇をとっているから、お前につきっきりで傍に居てあげられる。だからゆっくり休みなさい」
そう、幼子に言い聞かせるように優しく説き伏せられる。黒羽の穏やかな抑揚の声は眠気を誘い、卯乃は身体の緊張を自然に緩めた。
幼い頃この家に来た時から、卯乃は一人きりにされた記憶がない。夜になれば黒羽と紅羽の間に挟まり、二人がとりあう様にぎゅうぎゅうに抱っこされて眠ったものだ。だから寂しさを感じる暇なんてなかった。家族が大好きで、ニャニャモも傍に居てくれて、外で嫌なことがあっても家に帰ったらみんなが卯乃に惜しみない愛情を注いでくれた。
卯乃はよく人から明るくて親切だと褒められることが多い。そしてこの美徳は確実に家族から与えられたものだと思っている。
「もう眠って。起きたら何か食べられるようにしておくから」
(兄さん……、ありがとう)
卯乃はそっと布団の上に置かれるとふんわり温かな掛け布団の端っこにもぞもぞともぐりこむ。
(起きたら色々……、話したいな)
布団の上からとんとんっと幼い頃にしてくれたように兄が背中を撫ぜてくれる。眠気が猛烈に押し寄せてきた。
眠っている間に幼い頃の夢を見た。
卯乃の人生最初の記憶はすでにこの家にいた時から始まっている。
熱を出して度々保育園や小学校を休むことが多い子だった。そのたび父のどちらかが在宅で仕事をしながら看病をしてくれた。放課後になると兄と姉は友人とも遊ばず、すっ飛んで家に帰ってきた。
二人はふかふかのタオルに本性の姿に戻った卯乃を包んで、交代でずっと抱っこしていてくれる。ゆりかごみたいで心地よくて、ああ守られてるなあと心の底から安心できた。
卯乃が中学生になった頃には姉にも大切な人が出来て家を留守にしがちになったが、兄は相変わらずだった。
両親に代わって学校行事にも顔を出してくれた。卯乃が塾や学校、習い事等行く先々で男子学生から付きまとわれることが度々起こっていたからだ。若い頃芸能の仕事をしていたという実母に酷似した卯乃の愛くるしい顔立ちは、何をしていても目立ってしまい、トラブルが起こるたびに兄の過保護はさらに増していった気がする。
中学、高校となっても卯乃は秋になると熱を出していた。あれは高校二年生の秋だったか、流石にもう忙しい兄の手を煩わせるのが嫌で、ぐったりしながら卯乃は何度も兄に謝った。
「ごめんね、兄さん。大学もアルバイトも忙しいでしょ? 一人で寝てれば治るから、大丈夫だから」
布団から手を伸ばし、兄の袖を掴んでそう言っても、兄は卯乃の手を握り返して首を振るばかりだった。
「卯乃の看病より大切な用事なんてないさ。お前は何も気にすることはないよ。お前は世界でで一番可愛い、俺の弟なんだから」
そういって、ずっと眠る卯乃の傍に居てくれた。たまに目を開けると静かに大学の課題に取り組んでいた兄の広い背中が見える。卯乃の僅かな気配の変化を察知して、長い耳がぴくっと動く。振り返った兄はすぐに卯乃の枕元に来てくれて、「ここにいるよ」と頭を撫ぜる。そうするとまた心底安心して眠りにつくことができたのだ。
「ふふ。卯乃。僕もお前と沢山話がしたいよ。でもね。体調を崩しているのだから、今はゆっくり休みなさい。来月頭まで休暇をとっているから、お前につきっきりで傍に居てあげられる。だからゆっくり休みなさい」
そう、幼子に言い聞かせるように優しく説き伏せられる。黒羽の穏やかな抑揚の声は眠気を誘い、卯乃は身体の緊張を自然に緩めた。
幼い頃この家に来た時から、卯乃は一人きりにされた記憶がない。夜になれば黒羽と紅羽の間に挟まり、二人がとりあう様にぎゅうぎゅうに抱っこされて眠ったものだ。だから寂しさを感じる暇なんてなかった。家族が大好きで、ニャニャモも傍に居てくれて、外で嫌なことがあっても家に帰ったらみんなが卯乃に惜しみない愛情を注いでくれた。
卯乃はよく人から明るくて親切だと褒められることが多い。そしてこの美徳は確実に家族から与えられたものだと思っている。
「もう眠って。起きたら何か食べられるようにしておくから」
(兄さん……、ありがとう)
卯乃はそっと布団の上に置かれるとふんわり温かな掛け布団の端っこにもぞもぞともぐりこむ。
(起きたら色々……、話したいな)
布団の上からとんとんっと幼い頃にしてくれたように兄が背中を撫ぜてくれる。眠気が猛烈に押し寄せてきた。
眠っている間に幼い頃の夢を見た。
卯乃の人生最初の記憶はすでにこの家にいた時から始まっている。
熱を出して度々保育園や小学校を休むことが多い子だった。そのたび父のどちらかが在宅で仕事をしながら看病をしてくれた。放課後になると兄と姉は友人とも遊ばず、すっ飛んで家に帰ってきた。
二人はふかふかのタオルに本性の姿に戻った卯乃を包んで、交代でずっと抱っこしていてくれる。ゆりかごみたいで心地よくて、ああ守られてるなあと心の底から安心できた。
卯乃が中学生になった頃には姉にも大切な人が出来て家を留守にしがちになったが、兄は相変わらずだった。
両親に代わって学校行事にも顔を出してくれた。卯乃が塾や学校、習い事等行く先々で男子学生から付きまとわれることが度々起こっていたからだ。若い頃芸能の仕事をしていたという実母に酷似した卯乃の愛くるしい顔立ちは、何をしていても目立ってしまい、トラブルが起こるたびに兄の過保護はさらに増していった気がする。
中学、高校となっても卯乃は秋になると熱を出していた。あれは高校二年生の秋だったか、流石にもう忙しい兄の手を煩わせるのが嫌で、ぐったりしながら卯乃は何度も兄に謝った。
「ごめんね、兄さん。大学もアルバイトも忙しいでしょ? 一人で寝てれば治るから、大丈夫だから」
布団から手を伸ばし、兄の袖を掴んでそう言っても、兄は卯乃の手を握り返して首を振るばかりだった。
「卯乃の看病より大切な用事なんてないさ。お前は何も気にすることはないよ。お前は世界でで一番可愛い、俺の弟なんだから」
そういって、ずっと眠る卯乃の傍に居てくれた。たまに目を開けると静かに大学の課題に取り組んでいた兄の広い背中が見える。卯乃の僅かな気配の変化を察知して、長い耳がぴくっと動く。振り返った兄はすぐに卯乃の枕元に来てくれて、「ここにいるよ」と頭を撫ぜる。そうするとまた心底安心して眠りにつくことができたのだ。
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