甘えんぼウサちゃんの一生のお願い

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
79 / 99
第二部 

5

しおりを挟む
 沢山話したいことがあるので卯乃は口をぱくぱくとさせたが、兎の姿ではどうにもならない。兄にはそんな卯乃の焦りはお見通しなので、柔和な微笑みを唇に浮かべながら背中を撫ぜ続けた。

「ふふ。卯乃。僕もお前と沢山話がしたいよ。でもね。体調を崩しているのだから、今はゆっくり休みなさい。来月頭まで休暇をとっているから、お前につきっきりで傍に居てあげられる。だからゆっくり休みなさい」
 
 そう、幼子に言い聞かせるように優しく説き伏せられる。黒羽の穏やかな抑揚の声は眠気を誘い、卯乃は身体の緊張を自然に緩めた。

 幼い頃この家に来た時から、卯乃は一人きりにされた記憶がない。夜になれば黒羽と紅羽の間に挟まり、二人がとりあう様にぎゅうぎゅうに抱っこされて眠ったものだ。だから寂しさを感じる暇なんてなかった。家族が大好きで、ニャニャモも傍に居てくれて、外で嫌なことがあっても家に帰ったらみんなが卯乃に惜しみない愛情を注いでくれた。
 卯乃はよく人から明るくて親切だと褒められることが多い。そしてこの美徳は確実に家族から与えられたものだと思っている。

「もう眠って。起きたら何か食べられるようにしておくから」
(兄さん……、ありがとう)

 卯乃はそっと布団の上に置かれるとふんわり温かな掛け布団の端っこにもぞもぞともぐりこむ。

(起きたら色々……、話したいな)

 布団の上からとんとんっと幼い頃にしてくれたように兄が背中を撫ぜてくれる。眠気が猛烈に押し寄せてきた。
 眠っている間に幼い頃の夢を見た。
 卯乃の人生最初の記憶はすでにこの家にいた時から始まっている。
 熱を出して度々保育園や小学校を休むことが多い子だった。そのたび父のどちらかが在宅で仕事をしながら看病をしてくれた。放課後になると兄と姉は友人とも遊ばず、すっ飛んで家に帰ってきた。
 二人はふかふかのタオルに本性の姿に戻った卯乃を包んで、交代でずっと抱っこしていてくれる。ゆりかごみたいで心地よくて、ああ守られてるなあと心の底から安心できた。
 卯乃が中学生になった頃には姉にも大切な人が出来て家を留守にしがちになったが、兄は相変わらずだった。
 両親に代わって学校行事にも顔を出してくれた。卯乃が塾や学校、習い事等行く先々で男子学生から付きまとわれることが度々起こっていたからだ。若い頃芸能の仕事をしていたという実母に酷似した卯乃の愛くるしい顔立ちは、何をしていても目立ってしまい、トラブルが起こるたびに兄の過保護はさらに増していった気がする。
 中学、高校となっても卯乃は秋になると熱を出していた。あれは高校二年生の秋だったか、流石にもう忙しい兄の手を煩わせるのが嫌で、ぐったりしながら卯乃は何度も兄に謝った。
「ごめんね、兄さん。大学もアルバイトも忙しいでしょ? 一人で寝てれば治るから、大丈夫だから」
 布団から手を伸ばし、兄の袖を掴んでそう言っても、兄は卯乃の手を握り返して首を振るばかりだった。
「卯乃の看病より大切な用事なんてないさ。お前は何も気にすることはないよ。お前は世界でで一番可愛い、俺の弟なんだから」

 そういって、ずっと眠る卯乃の傍に居てくれた。たまに目を開けると静かに大学の課題に取り組んでいた兄の広い背中が見える。卯乃の僅かな気配の変化を察知して、長い耳がぴくっと動く。振り返った兄はすぐに卯乃の枕元に来てくれて、「ここにいるよ」と頭を撫ぜる。そうするとまた心底安心して眠りにつくことができたのだ。

 

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】元ヤクザの俺が推しの家政夫になってしまった件

深淵歩く猫
BL
元ヤクザの黛 慎矢(まゆずみ しんや)はハウスキーパーとして働く36歳。 ある日黛が務める家政婦事務所に、とある芸能事務所から依頼が来たのだが―― その内容がとても信じられないもので… bloveさんにも投稿しております。 完結しました。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...