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第二部 

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何か注文していたものでも届いたのだろうか? だが心当たりがない。頭がぼーっとしてどうにも考えがまとまらない。卯乃がちゃぶ台に突っ伏していたら、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

(オレ、カギ閉めるの忘れた!?)

 恐ろしさで身を竦めると、その拍子にまた兎の姿に戻ってしまった。もしも泥棒だったらこのか弱い姿で鉢合わせをしたら命がないに決まっている。コートの中でうずくまってぷるぷると震えていたら、コートごとふわりと身体が宙に浮かぶ。
 力の入らない脚を動かして、必死で抵抗するがコートをはぎとられて眩しさと寒さで身体が上手く動かない。
 すると鼻先に懐かしいムスクの香りが漂ってきた。

「卯乃、ただいま」

 穏やかで艶のあるバリトン。抱きかかえられて背中を撫ぜる手つきの優しさ。卯乃は必死に瞑っていた目を開ける。

(黒羽兄さん!! どうして? 戻ってくるの来週だと思ってた! 嬉しい)

 目の前にあった顔を見て歓喜のあまり、心が一気に幼子に戻ったような心地になった。
 兄は名前の通り、艶のある漆黒の髪にぴんっと立った長い耳が特徴的だ。
 大きな切れ長の瞳、白い肌に薄い唇、成人した男性ではあるが正面から見据えられるとぞくっとした独特の色気がある。本人は至極真面目な性格なので艶美な容姿とギャップがありすぎるといえるだろう。

(兄さん、会いたかったよお)

 心身共に弱り切った今、この登場の仕方はズルすぎる。
 とはいえ、兎の声帯なのでキューともいえない。
 兄がついにこちらに帰国するという連絡を数週間前から受けてはいたが、まさかそれが今日になるとは思ってもみなかった。

「やれやれ。やっぱり兎になったか。お前、メールの返信全然よこさなかっただろう? 体調崩していると思った。早めに戻ってきて正解だったな」

 そういうと兄はそのまま足元にあった卯乃のマフラーで卯乃自身を包み、二階の卯乃の部屋まで運んでくれた。一番奥にある自分の部屋まで来たら、兄はベッドサイドに腰を掛けて赤子のように卯乃を抱っこしたまま鼻先にちゅっと口づけをしてきた。

「ちょっと痩せたか? ちゃんとご飯を食べてるんだろうな。睦月さんから今週卯乃がアルバイトを休むって連絡を受けたって聞いたが……」

 懐かしい温かな腕に身を委ねたまま、卯乃はもぞもぞと兄の腕の中で動くと懸命に頭をもたげる。相変わらず過保護な兄は卯乃の実兄である睦月ともこまめに連絡を取っているようだ。相変わらず過保護な保護者だらけでちょっと恥ずかしいが、今は心底ありがたいと思った。

(あのね、オレ。体調悪くしたのは本当に昨日今日だけだから。ずっと元気にやってたし、御飯も食べてたよ。それとね。兄さんに紹介したい人がいるんだよ)

 深森と付き合ってもう二か月以上経ったが、黒羽が帰国した時に直接深森の紹介をしたいと思って、未だに恋人がいると話せていなかったのだ。
 卯乃は小中高とひたすら男子生徒に懸想され、しつこくされてきた苦い思い出がある。そのたび黒羽が相手に向かっていき、毅然とした態度で追い払ってくれていた。

『卯乃は無理して恋人なんて作らなくていいからね。ずっとこのうちで僕が守ってあげるから』
 そんな風に黒羽に諭されて、「うんお兄ちゃんだーいすき」と答えていたものだが、卯乃にもついにこの世で一番大好きな人で大切にしたい人が現れたのだ。

(深森って言ってね。ニャニャモにそっくりでカッコいい美猫獣人なんだよ。オレ、深森と出会えたから今まで一人でも平気だったんだ)

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