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番外編 内緒のバイトとやきもちと
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恋人の卯乃が何故かバイト先を教えてくれない。理由はよくわからない。
恋人になる前にそれとなく聞いていた時は『親戚のやってるカフェで働いてるんだ』とだけは教えてくれたのだが、付き合ってからもガンとして場所を教えてくれないのだ。
「どうしてだと思う?」
今日の練習も終わりシャワーを浴びてロッカールームに戻ってきた深森は、すでにあとはもう帰るだけの身支度を済ませたチームメイトの熊獣人に尋ねてみた。
「あの他人に興味無さそうだった男が、俺に彼氏の相談事をしてくるまでになるとは。あのウサちゃんは偉大だな」
そう友人が少し感じ入ったように呟いた。
「酷い言いようだな。俺は鬼か猫又か」
「いや、あれだけ他人と距離を置いてよらば切るって感じだったのに、こうして人に弱みを見せられるまでに成長したか」
「茶化すな」
「まあ、どうしてだろうな。言えないようなバイト先を誤魔化しているとか?」
「卯乃に限ってそんなことはないと思う」
そう断言した後で、ではなぜ自分には教えてくれないのかという疑問がブーメランのように戻ってきた。
むっつり黙った深森を見かねたのか、豪快そうな見た目のわりにこまごまと面倒見のいい友人は話を聞くぞとばかりにこちらに身体を向けてきた。
「好きな相手の事を何でも知りたくなるのは普通だと思うがな」
「そう思うか?」
聞き返したものの、実際は全くその通りだと分かっていた。わかっているが好きな相手の事を詮索するのも狭量な気がして、今の今まで本人に問い詰めないできたのだ。
「まあ、俺は何から何まで知りたいほうだな。相手の昨日の晩飯も好きな本も中学の時の部活も今の恋人のことはどれほど好きなのかも」
そういって白い歯を見せにやりと笑う。
「こっわ」
男は執着心が強いので有名なヒグマの獣人だ。相手をロックオンしたら最後、地獄の果てまで追い詰める。文学作品として昇華された愛憎渦巻く心中物語も、実はヒグマ獣人が引き起こした実際の無理心中事件が題材だといわれているほどだ。そしてこの男が、決まった相手のいる兎獣人に懸想していて、彼が手に入る隙を虎視眈々と狙っているのも知っている。
「お前はまあそうかもだけど。俺は……」
「格好つけるな。番と定めた相手には誰だって執着を強めるもんだ。卯乃ちゃんを怖がらせないようにといい顔ばかりするのは勝手だが、それで自分の中に貯め込むようじゃ、いつか爆発する。そうなる前に解消した方が身のためだな。それはそうと、お前の彼氏のバイト先、何となく検討が付いたぞ」
彼が持つとおもちゃのような端末を取り出して、深森の方に向けてきた。
「ウサギカフェ?」
「そうだ。前にお前が卯乃ちゃんちの物干し場にあったっていう制服の形状教えてくれただろ。キャロットオレンジのパンツにベスト、黄緑色のシャツにエプロン。そこからお店を割り出した」
「……お前、探偵かストーカーの才能があるな」
「褒めんなよ」
「褒めてねぇよ」
若干友人に引きながらも卯乃のバイト先をついに突き止められるとあって、よくやったとばかりに友人の逞しい肩を掴み上げてしまった。
「興奮しすぎだ深森、爪しまえ。痛い。別に俺じゃなくても突き止められただろう。わりと人気のカフェだし、女の子の制服も可愛いんで有名だ。ま、教えてくれたのは友達がここでバイトしてるって子だけどな」
「お前、交友関係、広すぎ」
「お前がSNSやらなさすぎなだけだろ。こないだ卯乃ちゃんとの匂わせ写真なんか投稿しやがって、あのあと何の返事も書かないから俺のところにばかり質問が来たぞ。ほら、ここ。店の案内だ」
友人の太い指が器用にくるくるとスマホをスクロールしていく。
店のサイトによれば、気に入ったウサギと触れ合えるコーナーとカフェが併設されている店舗とのことだった。今いる場所からも30分もあればつくことができる。
「これだけみたら普通のカフェにみえるんだが、なんで俺に教えてないんだと思う?」
「知るかよ。本人に聞いてみろって。……まあちょっと見当がつくがな」
「見当?」
「俺はまだ番はいないが、番もちの男はさ、自分以外の人間に相手が笑いかけるだけでもダメってやつもいるからな」
深森は眉をしかめてむっとする。
「俺はそんな束縛野郎じゃないぞ」
「そうか? じゃあなんで卯乃ちゃんはバイト先の事をお前に言わないんだ。職場の人間関係をみたら、お前が何かしら反応する相手でもいるからなんじゃないか?」
「……」
堂々巡りの疑問にむっつり黙り込んだ深森に、言い過ぎたと思ったのか友人がすごいスピードでスマホを操ると「よし予約完了」と呟いた。
「お前の彼氏、今日はバイトにはいっているのか?」
「まあ、そうだが……」
「これから行ってみるか。ふれあいコーナーの予約とれたからこれから行ってみるぞ」
「え……」
「まあ、俺も兎と触れ合う予行練習をしておきたい」
「予行練習……」
深森にもまして大柄な熊獣人がちんまりとした兎を抱き上げているさまはちょっと滑稽に感じてふっと笑う。
(突然バイト先に尋ねて行ったらどんな反応を見せるだろうか)
ちょっとした出来心。ちょっとした意趣返し。驚いて照れる卯乃はきっとものすごく可愛いだろう。早くくるくると表情の変わるあの真ん丸な目で見つめられたい。
はやる心のまま友人と訪れたかカフェで、卯乃の反応は予想通りといえた。深森の姿を見つけると驚いたようにぴょんこと無意識にその場で飛び上がっている。
(にしても……。なんて格好なんだ)
いらっしゃいませと可愛らしい声をかけてくれる美女たちに目もくれない。深森の目に飛び込んできたのはショートパンツから覗く恋人のすんなりと形の良い白い脚だった。
キャロットオレンジのベストに明るい草色のシャツ。蝶ネクタイと同じ柄のミニエプロンのせいで、恋人の細い腰を余計に際立たせている。もじもじと足を擦り合わせながら卯乃は決まり悪そうな笑顔を浮かべて立ち尽くしている。
前にいた熊獣人が深森にだけ聞こえるように「お前のウサちゃん、普段より余計に可愛いな」と呟いたから、目を潰してやりたいほどの怒りが込み上げてきた。
恋人になる前にそれとなく聞いていた時は『親戚のやってるカフェで働いてるんだ』とだけは教えてくれたのだが、付き合ってからもガンとして場所を教えてくれないのだ。
「どうしてだと思う?」
今日の練習も終わりシャワーを浴びてロッカールームに戻ってきた深森は、すでにあとはもう帰るだけの身支度を済ませたチームメイトの熊獣人に尋ねてみた。
「あの他人に興味無さそうだった男が、俺に彼氏の相談事をしてくるまでになるとは。あのウサちゃんは偉大だな」
そう友人が少し感じ入ったように呟いた。
「酷い言いようだな。俺は鬼か猫又か」
「いや、あれだけ他人と距離を置いてよらば切るって感じだったのに、こうして人に弱みを見せられるまでに成長したか」
「茶化すな」
「まあ、どうしてだろうな。言えないようなバイト先を誤魔化しているとか?」
「卯乃に限ってそんなことはないと思う」
そう断言した後で、ではなぜ自分には教えてくれないのかという疑問がブーメランのように戻ってきた。
むっつり黙った深森を見かねたのか、豪快そうな見た目のわりにこまごまと面倒見のいい友人は話を聞くぞとばかりにこちらに身体を向けてきた。
「好きな相手の事を何でも知りたくなるのは普通だと思うがな」
「そう思うか?」
聞き返したものの、実際は全くその通りだと分かっていた。わかっているが好きな相手の事を詮索するのも狭量な気がして、今の今まで本人に問い詰めないできたのだ。
「まあ、俺は何から何まで知りたいほうだな。相手の昨日の晩飯も好きな本も中学の時の部活も今の恋人のことはどれほど好きなのかも」
そういって白い歯を見せにやりと笑う。
「こっわ」
男は執着心が強いので有名なヒグマの獣人だ。相手をロックオンしたら最後、地獄の果てまで追い詰める。文学作品として昇華された愛憎渦巻く心中物語も、実はヒグマ獣人が引き起こした実際の無理心中事件が題材だといわれているほどだ。そしてこの男が、決まった相手のいる兎獣人に懸想していて、彼が手に入る隙を虎視眈々と狙っているのも知っている。
「お前はまあそうかもだけど。俺は……」
「格好つけるな。番と定めた相手には誰だって執着を強めるもんだ。卯乃ちゃんを怖がらせないようにといい顔ばかりするのは勝手だが、それで自分の中に貯め込むようじゃ、いつか爆発する。そうなる前に解消した方が身のためだな。それはそうと、お前の彼氏のバイト先、何となく検討が付いたぞ」
彼が持つとおもちゃのような端末を取り出して、深森の方に向けてきた。
「ウサギカフェ?」
「そうだ。前にお前が卯乃ちゃんちの物干し場にあったっていう制服の形状教えてくれただろ。キャロットオレンジのパンツにベスト、黄緑色のシャツにエプロン。そこからお店を割り出した」
「……お前、探偵かストーカーの才能があるな」
「褒めんなよ」
「褒めてねぇよ」
若干友人に引きながらも卯乃のバイト先をついに突き止められるとあって、よくやったとばかりに友人の逞しい肩を掴み上げてしまった。
「興奮しすぎだ深森、爪しまえ。痛い。別に俺じゃなくても突き止められただろう。わりと人気のカフェだし、女の子の制服も可愛いんで有名だ。ま、教えてくれたのは友達がここでバイトしてるって子だけどな」
「お前、交友関係、広すぎ」
「お前がSNSやらなさすぎなだけだろ。こないだ卯乃ちゃんとの匂わせ写真なんか投稿しやがって、あのあと何の返事も書かないから俺のところにばかり質問が来たぞ。ほら、ここ。店の案内だ」
友人の太い指が器用にくるくるとスマホをスクロールしていく。
店のサイトによれば、気に入ったウサギと触れ合えるコーナーとカフェが併設されている店舗とのことだった。今いる場所からも30分もあればつくことができる。
「これだけみたら普通のカフェにみえるんだが、なんで俺に教えてないんだと思う?」
「知るかよ。本人に聞いてみろって。……まあちょっと見当がつくがな」
「見当?」
「俺はまだ番はいないが、番もちの男はさ、自分以外の人間に相手が笑いかけるだけでもダメってやつもいるからな」
深森は眉をしかめてむっとする。
「俺はそんな束縛野郎じゃないぞ」
「そうか? じゃあなんで卯乃ちゃんはバイト先の事をお前に言わないんだ。職場の人間関係をみたら、お前が何かしら反応する相手でもいるからなんじゃないか?」
「……」
堂々巡りの疑問にむっつり黙り込んだ深森に、言い過ぎたと思ったのか友人がすごいスピードでスマホを操ると「よし予約完了」と呟いた。
「お前の彼氏、今日はバイトにはいっているのか?」
「まあ、そうだが……」
「これから行ってみるか。ふれあいコーナーの予約とれたからこれから行ってみるぞ」
「え……」
「まあ、俺も兎と触れ合う予行練習をしておきたい」
「予行練習……」
深森にもまして大柄な熊獣人がちんまりとした兎を抱き上げているさまはちょっと滑稽に感じてふっと笑う。
(突然バイト先に尋ねて行ったらどんな反応を見せるだろうか)
ちょっとした出来心。ちょっとした意趣返し。驚いて照れる卯乃はきっとものすごく可愛いだろう。早くくるくると表情の変わるあの真ん丸な目で見つめられたい。
はやる心のまま友人と訪れたかカフェで、卯乃の反応は予想通りといえた。深森の姿を見つけると驚いたようにぴょんこと無意識にその場で飛び上がっている。
(にしても……。なんて格好なんだ)
いらっしゃいませと可愛らしい声をかけてくれる美女たちに目もくれない。深森の目に飛び込んできたのはショートパンツから覗く恋人のすんなりと形の良い白い脚だった。
キャロットオレンジのベストに明るい草色のシャツ。蝶ネクタイと同じ柄のミニエプロンのせいで、恋人の細い腰を余計に際立たせている。もじもじと足を擦り合わせながら卯乃は決まり悪そうな笑顔を浮かべて立ち尽くしている。
前にいた熊獣人が深森にだけ聞こえるように「お前のウサちゃん、普段より余計に可愛いな」と呟いたから、目を潰してやりたいほどの怒りが込み上げてきた。
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