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番外編 内緒のバイトとやきもちと
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「大丈夫ですから、あの……」
申し訳なさで潤んだ瞳で見上げる卯乃に、黒耳の少年は日に焼けていても分かるほどに頬を真っ赤に染める。手の甲が上から押し付けられるように少年の胸元に当たっていた。意図せずに彼の胸がどっどっどっと高鳴っていると卯乃は図らずも気が付いてしまう。
熱っぽい眼差しに、卯乃の頬も熱くなった。
「じゃあさ、お兄さん、そいつに連絡先教えてやってくれません?」
「れ、連絡先?」
急な話に卯乃が上ずった声を上げたら、黒耳の少年もはっと我に返ったように卯乃の手を離して、テーブルからおしぼりを取ると自分で染みを拭い始めた。
「そいつさあ、かなり前から、あなたの事ずっと可愛いな、もっと喋ってみたいなっていってるんだけど、この通りシャイだからさ、俺がこうして代わりにお願いしてるわけ」
「やめろよ、困らせたら駄目だ」
物静かそうな少年がびしっとした声で友人を制したので、卯乃は感心してしまった。
今までここのお客さんからしつこくされたことやら待ち伏せされたこともある。そのたび店長とオーナーが一緒になって卯乃を庇ってくれて、そういう客を出禁にしてくれた。だけども、こういうパターンは初めてだった。
どこの高校の何部かも分かっていて、今までトラブルを起こしたことのないきちんとした学生で、普通にただ真っすぐに、卯乃の事を想ってくれていた、らしい。だが、でも……、だからこそ。
(うわあああ。本当に困る、常連さんだし、悪い子たちじゃないし……)
おしぼりを両手で握りしめたまま、卯乃が項垂れると、黒耳の少年がすくっとその場に立ちあがった。隣に立つと高校生とはいえ卯乃よりずっと背が高い。ポロシャツ越しにも分かる発達した胸筋は逞しい。見上げた卯乃に彼は戸惑い気味に口を開いた。
「こいつが急に変なことをいって、すみません。だけど貴方の事、ずっと気になっていたのは本当です。練習、大変だけど。そのあとここに来て貴方の顔見るのを励みに頑張ってきました。もうすぐ大会で……、だから応援してもらえたら嬉しいって」
涼し気な目元の寡黙な少年で、ひた向きに見つめてくる瞳をむげにできない。だがきちんと話をしないと。年上の自分が筋道を通さないと。
ガラスの向こうには深森がいる。気持ちが揺れて、頭が真っ白になってしあった。
「おっと~、アオハルだねぇ。君たち。だけど連絡先聞きだすのはルール違反なんだ」
事情を察した店長が『今日は俺のおごりにするから許してあげて』と彼らにとりなしてくれた。
ちらりと深森の方を見たら、じっとこっちを見つめる瞳がきらりと光っていた。いつになく獰猛な眼差しに見つめられ、ぞくりっと身体が震える。
なんだか彼の前で悪いことをしているような気持ちに捕らわれたが、同時に自分が身も心も彼のものなんだという自覚で恍惚とした気持ちにもなる。
(早く深森のところに行きたい。ぎゅっと抱きしめて欲しい。オレは、お前のなんだって実感して安心したい)
だが深森の後ろにあったドリンクの下に引いてあるはずのコースターがなくなっているのを見つけ、どうしようもなく心をかき乱された。
(深森、コースター、どうしたの?)
今すぐガラスの向こうに押し掛けて問いただしてしまいたい。そんな自分が恐ろしく感じた。
恋ってもっと、ふわふわと甘くて、幸せな気分ばかりが続くものだって夢想していた。だけどそんなことはなかった。
(俺ってこんなにやきもちや焼きだったんだ。自分でも知らなかった)
それでも今はバイト中だ。上の空になってしまわないように、根が真面目な卯乃はあと一時間、シフトの終わりまで仕事に集中することにした。懸命に笑顔を作ってウサちゃんオムライスの絵をかきなおす。彼らに詫びながらドリンクを運び、店長にも頭を下げる。
「卯乃、仕事はしっかりやらないと駄目だよ」
どんなに隠しても付き合いの長い店長には無理しているのが分かったのか、店長に優しく咎められて申し訳なくて泣きそうになった。
「ごめんなさい、オレ」
流石に不調の理由は言えない。また頭をぽんぽんされて頬を優しく撫ぜられた。
「そんな顔しないで、笑顔でお客さんを見送りしないと」
店長が、にこっと唇を釣り上げる仕草を見せる
みれば高校生二人づれが席を立つところだった。
「またのご来店をお待ちしております。この度は本当に申し訳ございませんでした」
耳がぴょんこと浮き上がる程、卯乃は頭を深々と下げる。顔を上げるのを待ってから、黒耳の少年はしっかりと目を合わせて微笑んできた。
「また、来ます」
今までいろいろなナンパやら付きまといやらに会ってきたが、ああも正々堂々と来られたら逆に抵抗できないものなのだと学んだ。
だけど一言言わないといけない。
卯乃は店長に目配せをすると、彼らを階段の下まで追いかけて行った。
「あの! 待って」
外に出るとむっとする熱気に身体を包まれた。日差しは大分傾いてきたけれど、こんな暑い中、練習後に自分に会いに来てくれたというのはすごくありがたく思った。ありがたいからこそ、きちんと向き合わないといけない。
彼らはすぐに振り返ってくれた。車通りの多い道沿いだから、小さな声ではかき消されてしまいそうだ。だから卯乃は深々と頭を下げてから、顔を上げ精いっぱい大きな声を出した。
「大会、頑張って!」
柴犬の少年の方が先に黒耳の少年の隣で飛び上がって喜んだ。卯乃はぎゅっと両手の拳を握って前かがみになるほど声を張り上げた。
「ごめん。オレ、付き合ってる人いるんだ。だから連絡先教えられない」
あーあっというように柴犬っぽい耳をした少年が頭を押さえてオーバーリアクションでうずくまったが、黒耳の少年はすっと目を細めて微笑むと、卯乃の呼びかけに精悍な声で応えてくれた。
「そうだと思ってました。でも好きです!」
(うわあああああ)
彼はそのまま大きく拳を突き上げるようにしてから手を振って、「また食べに来ますね」と叫んでから、そのまま緩やかな坂を下って行った。
(高校生、すごすぎる……)
二つぐらいしか年が違わないのに、勢いでむしろ負けてしまった。
(危なかった……。深森と付き合ってなかったら、ぐいっと来る引力だった)
「完敗した……」
「何が完敗だって?」
いつにもまして低い声が耳元で熱い吐息と共に降りかかる。
振り返る前に強い腕に後に引き寄せられた。そのまま腰にも腕が回る。知っている、胸をざわつかせる香り、どきどきと瞬時に胸が苦しく高鳴る。
☆次から深森sideに入ります✨
申し訳なさで潤んだ瞳で見上げる卯乃に、黒耳の少年は日に焼けていても分かるほどに頬を真っ赤に染める。手の甲が上から押し付けられるように少年の胸元に当たっていた。意図せずに彼の胸がどっどっどっと高鳴っていると卯乃は図らずも気が付いてしまう。
熱っぽい眼差しに、卯乃の頬も熱くなった。
「じゃあさ、お兄さん、そいつに連絡先教えてやってくれません?」
「れ、連絡先?」
急な話に卯乃が上ずった声を上げたら、黒耳の少年もはっと我に返ったように卯乃の手を離して、テーブルからおしぼりを取ると自分で染みを拭い始めた。
「そいつさあ、かなり前から、あなたの事ずっと可愛いな、もっと喋ってみたいなっていってるんだけど、この通りシャイだからさ、俺がこうして代わりにお願いしてるわけ」
「やめろよ、困らせたら駄目だ」
物静かそうな少年がびしっとした声で友人を制したので、卯乃は感心してしまった。
今までここのお客さんからしつこくされたことやら待ち伏せされたこともある。そのたび店長とオーナーが一緒になって卯乃を庇ってくれて、そういう客を出禁にしてくれた。だけども、こういうパターンは初めてだった。
どこの高校の何部かも分かっていて、今までトラブルを起こしたことのないきちんとした学生で、普通にただ真っすぐに、卯乃の事を想ってくれていた、らしい。だが、でも……、だからこそ。
(うわあああ。本当に困る、常連さんだし、悪い子たちじゃないし……)
おしぼりを両手で握りしめたまま、卯乃が項垂れると、黒耳の少年がすくっとその場に立ちあがった。隣に立つと高校生とはいえ卯乃よりずっと背が高い。ポロシャツ越しにも分かる発達した胸筋は逞しい。見上げた卯乃に彼は戸惑い気味に口を開いた。
「こいつが急に変なことをいって、すみません。だけど貴方の事、ずっと気になっていたのは本当です。練習、大変だけど。そのあとここに来て貴方の顔見るのを励みに頑張ってきました。もうすぐ大会で……、だから応援してもらえたら嬉しいって」
涼し気な目元の寡黙な少年で、ひた向きに見つめてくる瞳をむげにできない。だがきちんと話をしないと。年上の自分が筋道を通さないと。
ガラスの向こうには深森がいる。気持ちが揺れて、頭が真っ白になってしあった。
「おっと~、アオハルだねぇ。君たち。だけど連絡先聞きだすのはルール違反なんだ」
事情を察した店長が『今日は俺のおごりにするから許してあげて』と彼らにとりなしてくれた。
ちらりと深森の方を見たら、じっとこっちを見つめる瞳がきらりと光っていた。いつになく獰猛な眼差しに見つめられ、ぞくりっと身体が震える。
なんだか彼の前で悪いことをしているような気持ちに捕らわれたが、同時に自分が身も心も彼のものなんだという自覚で恍惚とした気持ちにもなる。
(早く深森のところに行きたい。ぎゅっと抱きしめて欲しい。オレは、お前のなんだって実感して安心したい)
だが深森の後ろにあったドリンクの下に引いてあるはずのコースターがなくなっているのを見つけ、どうしようもなく心をかき乱された。
(深森、コースター、どうしたの?)
今すぐガラスの向こうに押し掛けて問いただしてしまいたい。そんな自分が恐ろしく感じた。
恋ってもっと、ふわふわと甘くて、幸せな気分ばかりが続くものだって夢想していた。だけどそんなことはなかった。
(俺ってこんなにやきもちや焼きだったんだ。自分でも知らなかった)
それでも今はバイト中だ。上の空になってしまわないように、根が真面目な卯乃はあと一時間、シフトの終わりまで仕事に集中することにした。懸命に笑顔を作ってウサちゃんオムライスの絵をかきなおす。彼らに詫びながらドリンクを運び、店長にも頭を下げる。
「卯乃、仕事はしっかりやらないと駄目だよ」
どんなに隠しても付き合いの長い店長には無理しているのが分かったのか、店長に優しく咎められて申し訳なくて泣きそうになった。
「ごめんなさい、オレ」
流石に不調の理由は言えない。また頭をぽんぽんされて頬を優しく撫ぜられた。
「そんな顔しないで、笑顔でお客さんを見送りしないと」
店長が、にこっと唇を釣り上げる仕草を見せる
みれば高校生二人づれが席を立つところだった。
「またのご来店をお待ちしております。この度は本当に申し訳ございませんでした」
耳がぴょんこと浮き上がる程、卯乃は頭を深々と下げる。顔を上げるのを待ってから、黒耳の少年はしっかりと目を合わせて微笑んできた。
「また、来ます」
今までいろいろなナンパやら付きまといやらに会ってきたが、ああも正々堂々と来られたら逆に抵抗できないものなのだと学んだ。
だけど一言言わないといけない。
卯乃は店長に目配せをすると、彼らを階段の下まで追いかけて行った。
「あの! 待って」
外に出るとむっとする熱気に身体を包まれた。日差しは大分傾いてきたけれど、こんな暑い中、練習後に自分に会いに来てくれたというのはすごくありがたく思った。ありがたいからこそ、きちんと向き合わないといけない。
彼らはすぐに振り返ってくれた。車通りの多い道沿いだから、小さな声ではかき消されてしまいそうだ。だから卯乃は深々と頭を下げてから、顔を上げ精いっぱい大きな声を出した。
「大会、頑張って!」
柴犬の少年の方が先に黒耳の少年の隣で飛び上がって喜んだ。卯乃はぎゅっと両手の拳を握って前かがみになるほど声を張り上げた。
「ごめん。オレ、付き合ってる人いるんだ。だから連絡先教えられない」
あーあっというように柴犬っぽい耳をした少年が頭を押さえてオーバーリアクションでうずくまったが、黒耳の少年はすっと目を細めて微笑むと、卯乃の呼びかけに精悍な声で応えてくれた。
「そうだと思ってました。でも好きです!」
(うわあああああ)
彼はそのまま大きく拳を突き上げるようにしてから手を振って、「また食べに来ますね」と叫んでから、そのまま緩やかな坂を下って行った。
(高校生、すごすぎる……)
二つぐらいしか年が違わないのに、勢いでむしろ負けてしまった。
(危なかった……。深森と付き合ってなかったら、ぐいっと来る引力だった)
「完敗した……」
「何が完敗だって?」
いつにもまして低い声が耳元で熱い吐息と共に降りかかる。
振り返る前に強い腕に後に引き寄せられた。そのまま腰にも腕が回る。知っている、胸をざわつかせる香り、どきどきと瞬時に胸が苦しく高鳴る。
☆次から深森sideに入ります✨
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