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第一部
34 キス
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※※※
卯乃は筋肉がしっかりとついた深森の腕枕で目を覚ました。起きた瞬間から精悍な表情の深森に寝ぼけ面をみられたくなくて、くしくしと手で顔を擦る。すると低く甘い声色で「おはよう」と話かけられた。
卯乃は気恥ずかしくて指の隙間からひっそりと深森の顔を見上げて「おはよう」と呟き返す。そのまま彼の胸に顔を埋めたら、ぼさぼさの髪を指で優しく梳かれ、頭を撫ぜられた。
「身体、大丈夫? 痛みとか、平気?」
「だいじょ……、けほっ」
わざとらしく咳をしたみたいになってしまったが、声がどうも掠れてうまく出せない。深森がお得意のキスを繰り返して「無理させた、ごめん」と謝ってきたから、卯乃はここぞとばかりに上目遣いではにかんだ。
「ねえ、またゴキブリでるかもしれないから……。今日も泊まりに来てくれる?」
「一生のお願いか?」
「うん。一生のお願い」
卯乃も深森はにかんで笑い合うと、どちらともなく吸い寄せられるように唇を合わせた。
(まるで誓いの口づけみたいだ)
なんて頭に浮かんでしまい、卯乃は起き抜けからふわふわとまだ甘美な夢から覚めぬ心地になった。
「仕方ないな。バイト先、迎えに行くから待ってろ?」
「うん。分かったよ」
本当は今日一日ずっと一緒にいたいけれど、深森は朝練に間に合うように寮に戻らなければならない。寝てろと声をかけられたが、どうしても送りたくて布団から立ち上がったら腰が上手くたたなくてへにゃり、と座り込んでしまった。
「みもりぃ、立てないよぉ」
それを軽々と深森が抱き上げて、顔を見合わせた二人は気恥ずかしい気分で見つめあった。
「今日、バイト休むかも……」
「俺のせいだな。昼休憩の時、一度飯買って戻るから、無理しないで、お前は身体休めてて」
そのまま窓から見送ることになり、過保護な恋人が何度も振り返って手を振るたびに、卯乃も手を振って明るく応える。
「行ってらっしゃい」
自転車で走り去る愛しい恋人の姿を見送って、卯乃は清々しい気分で朝日の下、伸びをした。
そのあとすぐに布団に潜り込む。情事の後始末は、深森が色々頑張ってくれたようで、シーツの代わりにバスタオルがいくつも敷いてあって、身体は気だるいが不快なところは一つもない。彼の深い愛情と自分を包んでいる夏掛けに残る彼の香りを吸い込んで卯乃はとろとろと微睡む。
(目が覚めたら、また深森に会えるんだ)
そう思ったら、いい日になる予感しかしない。
日差しが眩しい。今日も暑くなりそうだ。
そんな風に心穏やかに眠りについた卯乃だが、数時間後、スマホに飛び込むおびただしい量の通知に目を覚ます。
「はあああああ、何これぇ?」
あのフォロワー数はそこそこいるのに、滅多にアップされない深森の放置アカウントに、一枚の写真が投稿されていたのだ。
グランドの草やら青空やらの写真が続く中、一際目立つその写真をみて卯乃は眠気が吹き飛んだ。
「みもりの奴ううう」
窓から差し込む白々とした光の中、見慣れた水色の夏掛けから覗いているのは、オレンジ色の垂れ耳。
ハッシュタグは『今日もウサ耳が可愛い』『俺の番』とあり、とんでもない数の反応がついていてちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
自分は鍵垢にすらあの素敵な猫姿の深森の投稿はやめておいたというのに。ちょっぴりのジェラシーを妬いてしまう。キーパーのくせにたまにピッチに出る時は、速攻攻撃が得意な深森の性格を慮って卯乃はため息をついた。
「もう、仕方ないなあ」
でも結局、ぷにぷにほっぺがにやけてしまうことを、どうしても止めることができないのだった。
終
卯乃は筋肉がしっかりとついた深森の腕枕で目を覚ました。起きた瞬間から精悍な表情の深森に寝ぼけ面をみられたくなくて、くしくしと手で顔を擦る。すると低く甘い声色で「おはよう」と話かけられた。
卯乃は気恥ずかしくて指の隙間からひっそりと深森の顔を見上げて「おはよう」と呟き返す。そのまま彼の胸に顔を埋めたら、ぼさぼさの髪を指で優しく梳かれ、頭を撫ぜられた。
「身体、大丈夫? 痛みとか、平気?」
「だいじょ……、けほっ」
わざとらしく咳をしたみたいになってしまったが、声がどうも掠れてうまく出せない。深森がお得意のキスを繰り返して「無理させた、ごめん」と謝ってきたから、卯乃はここぞとばかりに上目遣いではにかんだ。
「ねえ、またゴキブリでるかもしれないから……。今日も泊まりに来てくれる?」
「一生のお願いか?」
「うん。一生のお願い」
卯乃も深森はにかんで笑い合うと、どちらともなく吸い寄せられるように唇を合わせた。
(まるで誓いの口づけみたいだ)
なんて頭に浮かんでしまい、卯乃は起き抜けからふわふわとまだ甘美な夢から覚めぬ心地になった。
「仕方ないな。バイト先、迎えに行くから待ってろ?」
「うん。分かったよ」
本当は今日一日ずっと一緒にいたいけれど、深森は朝練に間に合うように寮に戻らなければならない。寝てろと声をかけられたが、どうしても送りたくて布団から立ち上がったら腰が上手くたたなくてへにゃり、と座り込んでしまった。
「みもりぃ、立てないよぉ」
それを軽々と深森が抱き上げて、顔を見合わせた二人は気恥ずかしい気分で見つめあった。
「今日、バイト休むかも……」
「俺のせいだな。昼休憩の時、一度飯買って戻るから、無理しないで、お前は身体休めてて」
そのまま窓から見送ることになり、過保護な恋人が何度も振り返って手を振るたびに、卯乃も手を振って明るく応える。
「行ってらっしゃい」
自転車で走り去る愛しい恋人の姿を見送って、卯乃は清々しい気分で朝日の下、伸びをした。
そのあとすぐに布団に潜り込む。情事の後始末は、深森が色々頑張ってくれたようで、シーツの代わりにバスタオルがいくつも敷いてあって、身体は気だるいが不快なところは一つもない。彼の深い愛情と自分を包んでいる夏掛けに残る彼の香りを吸い込んで卯乃はとろとろと微睡む。
(目が覚めたら、また深森に会えるんだ)
そう思ったら、いい日になる予感しかしない。
日差しが眩しい。今日も暑くなりそうだ。
そんな風に心穏やかに眠りについた卯乃だが、数時間後、スマホに飛び込むおびただしい量の通知に目を覚ます。
「はあああああ、何これぇ?」
あのフォロワー数はそこそこいるのに、滅多にアップされない深森の放置アカウントに、一枚の写真が投稿されていたのだ。
グランドの草やら青空やらの写真が続く中、一際目立つその写真をみて卯乃は眠気が吹き飛んだ。
「みもりの奴ううう」
窓から差し込む白々とした光の中、見慣れた水色の夏掛けから覗いているのは、オレンジ色の垂れ耳。
ハッシュタグは『今日もウサ耳が可愛い』『俺の番』とあり、とんでもない数の反応がついていてちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
自分は鍵垢にすらあの素敵な猫姿の深森の投稿はやめておいたというのに。ちょっぴりのジェラシーを妬いてしまう。キーパーのくせにたまにピッチに出る時は、速攻攻撃が得意な深森の性格を慮って卯乃はため息をついた。
「もう、仕方ないなあ」
でも結局、ぷにぷにほっぺがにやけてしまうことを、どうしても止めることができないのだった。
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