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夏祭りの思い出

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 柚希がこうして頑張れないと本音を漏らすことは珍しい。
 その時番の首筋から、ふわりと僅かに石鹸に似た爽やかな香りが薫った気がして和哉は男らしい眉を顰めてから嬉し気にうっそり瞳を細めて、繋いだ指を絡めるように握り返す。

「そっか。じゃあ家帰ろう? 僕がパスタでも茹でるから柚希はゆっくりお風呂に浸かって?」
「ごめんね。ありがと。なんか少し怠くて……。あ、じゃあ駅の方回って、タコスでもテイクアウトして帰らない?」
「いいね。たまには子どもメニュー考えないで辛いもの食べるの」
「冷蔵庫にビールも冷えてるから、今帰れば寝室側の窓から見えると思うんだ。花火」
「そうだね。遠いけど前も見えたよね。じゃあ直ぐ帰ろ?」

 2人は少し早足になりながら祭り会場を後にして、少しだけ遠回りをして結婚直後二人きりの時にはよく通っていたメキシコ料理店の前を通りがかった。すると折よく、祭り客を見込んでチリビーンズとタコスのセットを店の前で売っていたのでありがたくテイクアウトをしてきた。

「みっちゃんってさ、本当になんであんなに我が強いんだろ」

 家が近くなって僅かに元気が出てきた柚希が、もうすぐマンションというところの角にある家から垂れ下がっていたオレンジ色の大きな花、ノウゼンカズラをぺしっと叩いて唇を尖らせた。夜目にも目立つその花がぶらりと揺れて、柚希の憂さを少し晴らしてくれたようだ。

「欲しいものある時の執念がすごいと思う。咲哉に対してもわがまま放題だし、みんなみっちゃんを甘やかすし。和哉はさ、小さい頃も兄さん思いで聞き分けいい子だったし、俺だってあんな感じじゃなかった」
「うーん」

 少し思うところがある和哉は歯切れの悪い返事をすると、柚希は焦れたように和哉の長い腕をぐいっと引っ張ってくる。

「いてて」
「聞いてるの?」
「聞いてるって。柚希から見た僕ってさ、聞き分けいい子だったんだなあって。意外に思っただけ」

 きょっとっとした柚希に和哉は少しだけ苦笑して、ビニール袋に入った食べ物の位置のずれを直した。

「いつも俺の事助けてくれて、懐いてくれて、素直で、可愛くて」
「そうかな。それは単に、小さなころから僕にとって柚希が一番好きな、大切な人だったからじゃないかな? 兄さんって口では呼んでたけど、心の中ではいつだって『僕の柚希』って思ってたよ」

 そんな風に口調には少しだけからかいを込めて返せば、柚希は酒を飲んだわけでもないのに頬を染めて睫毛を伏せた。

「……そっか」
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