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夏祭りの思い出

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 和哉としてはいつだって柚希のことを『僕の柚希、僕の恋人』と世界に向けて声高に叫びたい気持ちで生きているから、思いがけず兄から執着めいた台詞を図れるとやはり心が躍ってしまうのだが、柚希にとってはまたそれは違う意味にとっている。
「当たり前だろ。お前は俺の……。大事な家族なんだから」
 
 「はー」とも「ふー」ともつかぬ、ため息をついた和哉だ。

「……大事な家族か。まあ、そうだな。いや。それでいいんだ。最終目標はそこだし」
「?」
「兄さん、もう家帰ってきなよ」
「……帰れないよ」

 そう言いながらも柚希は、和哉の首に回した腕で弟を抱き一時も離れたくないというように縋ってしまう。

(なんだろう。今日はすごく、和哉にこうしていたい)
 
 ゆっくりと踏みしめる和哉の足取りは穏やかな揺らぎを柚希にもたらし、Ωと判定され家を出てからの張りつめた日々の神経が緩む心地だ。

 兄弟は互いに、こんな風に穏やかな時間がずっと続けばいいのにとそんな風に考えていた。
 しかしついには自宅の門の前まで来ると、柚希は和哉の背からゆっくりと地面に降り立った。

 せっかく帰ってきた家なのに、これからまた出ていかなければならない。
 今日はそれがとても寂しくて、柚希は俯き加減に乱れた浴衣を直しもせずに扉の前に立ち竦んでいる。すると今度は背後から、和哉の長い腕が柚希の身体を包み込むように抱きしめ縋ってきた。

「待ってて……。いつか僕が兄さんに家族を取り戻してあげるから」
「え……」
「僕を信じて」
 
 どうやって、と問おうとした唇に、長い指が押し当てられて「しぃーっ」とまたあの低く滑らかで、そして有無を言わせぬ声と共に漂う金木犀に似た甘い香り。

「いい香り……。和哉、香水をつけてるの?」

 答えの代わりに首筋に柔らかな感触と共にちりっと小さな痛みが走る。

「あぁ……んっ」
「兄さんこそ、いい香りだよ? たまらない」

 柚希は艶麗な熱い吐息を漏らして弟の腕に身体を預けると、和哉は鼻先を項に擦り付け狂おしく呟いた。
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