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夏祭りの思い出

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(恋人!?)

 凄んだ和哉のその声は治安が悪く言葉遣いも荒々しい。腰の辺りにずんっと響くような凄みがあり、まるで見知らぬ男のそれに聞こえた。

(和哉だよね?)

 顔を上げて確かめようとした柚希を許さず、和哉は一転、蜜のように甘い声で柚希の赤く染まった耳朶に囁いた。

「僕に合わせて。柚希。いいね?」
「おい!」

 突然衝撃がどんっと伝ったのは、柚希を抱きかかえたままの和哉の方の辺りを男が仕返しとばかりにどついてきたからだ。和哉は鍛え上げられた体幹で足の裏に根が生えたようにびくともせず踏みとどまったが、柚希は愛する弟に手出しされたことに一瞬にして酔いが吹きとぶと、頭にかあっと血が登って相手を激しく怒鳴りつけた。

「俺の和哉になにすんだ!」
「柚にい!」

 どつかれて腕が緩んだすきに、柚希が和哉の上の中から飛び出して、バスケ部で鍛えたフットワークで渾身の力を込めて男に体当りをすると、不意を突かれた男が「ぐあっ」と呻いて後ろに吹き飛んだ。柚希も男ごとふっとび倒れそうになるのを慌てて和哉が手首を掴み支えていたが、「喧嘩だ!」「なになに?」などと周りに騒ぎが伝わってしまった。

「カズ、逃げるぞ」
「兄さん!」

 アドレナリンが噴出した柚希の頭の中は、もはや大事な弟を護ってこの場を去ることしか浮かばなかった。手首を掴んでいた和哉の手を、自分も手首を掴んでひっぱりなおすと裾が膝の上まで乱れることすら気にせず、甘いΩのフェロモンを風の中に靡かせながら駆け出した。

 混雑する盆踊り会場。駐車場の方の出入り口から飛び出して、夢中で夜の街を二人で手を繋いだまま駆け抜ける。
 喧騒も、祭囃子もどんどんと遠ざかり、浮かれた人々の波もだんだんと引けた住宅地に入った頃。見えてきたよく利用する駅前のコンビニの駐車場の皓々とした灯りの届く路上で、和哉が柚希の腕をぎゅっと引き、日頃穏やかな彼とは一味違う興奮からくる大声を上げ柚希の足を止めようとした。

「柚にい! 止まって! 足、血が出てる! 」
「え……、あ……」

(気がつかなかった……)

 カラ、コロ。

 ようやく止まった柚希は自分の足元を見おろすと、藍色の鼻緒に黒っぽい血のシミがつき、両足共に、足の親指と人差し指の間が擦れ、血が滲んでいるのが見えた。痛みはすぐあとから感じ始め、そして急に腰が抜けてしまってその場にへたり込む。

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