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夏祭りの思い出
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「そうですか。そうですよね……。無理を言ってすみません」
少女が切なげな顔をしてしょんぼりと首を垂れた時、花の髪飾りもしゅんと下を向きしおれたように見えて可哀想だった。
(卒業生の方から部活に顔を出さなくなったら、まるで会えなくなるし。きっと寂しいんだろうな)
もてるわりには色事に疎い柚希にもわかるほどの好意。
今までも和哉が女の子からアプローチされている場に出くわしたことは何度もあった。しかしそれはまだ子供らしいやり取りで何とも思ったことはなかったが、和哉が成人したからか、少女の浴衣姿が大人びて見える成果、今回は妙に男女の生々しさが透かしみえる。
それが余計に柚希を落ち着かない気分にさせた。
「じゃあ、あっちにまだ何人かバスケ部いるから、一緒に顔見せに行ってくれませんか?」
それぐらいいでしょう? といった感じにもう一人の少女が言い募ってきた。和哉がブルーハワイのかき氷を持ったまま、兄弟である柚希にしか分からない程度の困り顔でちらりと目線を送ってきた。柚希は檸檬チューハイのカップに入っていた氷をがりがりと口の中で食むのを止めた。
「いいよ。みんなと行っておいでよ。俺此処で適当に休んでるから」
すると裏切られたような顔をして和哉が僅かに口元をむすっとさせたから、柚希は甘い声でおねだりを忘れない。
「ついでにあっちにあった、牛串買ってきて。待ってるから。ほら小遣い」
「はあ、いいって。わかったよ」
そんな風に軽い調子で送り出した。しかし少女が寄り添って歩く和哉をどこか落ち着かない気分で見守る。背筋がピンと伸びた和哉の広い背中がどんどんと遠ざかり、人ごみに見えなくなっていくのをいつまでも目で追ってしまった。
和哉は背が飛びぬけて高いから、頭の形だけは結構長く探せていたが、盆踊りの櫓を回りこんでしまったら流石に見失ってしまった。
和哉が行ってしまったら、喧騒に一人身を置くのが妙に寂しい。
柚希はどんどんと氷が解け薄くなったチューハイをこくんっと飲んで石垣の上に置くと、ジャガイモの上でとろりと溶けたバターを割りばしでぐしゃりと混ぜる。そのまま眉をやや顰めた顔で、口元に運んでいった。
さっきまで熱々のこれを食べることを楽しみにしていたのに、今はただ妙に味気ない。
(お祭りなんて、一人でいるものじゃないな)
ただひたすらに口元に運んで、半分食べきってから持ち帰り用のレジ袋の中に戻してため息をつく。
櫓の周りは地元の婦人部の人たちが今年も張り切って踊りの輪を取り仕切っている。東京音頭はこちらに越してきてから何度も聞いたことがあるお決まりの楽曲だが、小気味よいお囃子もコブシの利いた伸びやかの歌声も柚希とは遠い世界の出来事みたいに何も感じない。
たまにあったあの感覚。父を失い母と共に逃げてきたこの大きな街に来たばかりのころ、柚希はもう誰からも嫌われたくないと常に笑顔を絶やさず人に親切にして、時には自分の感情を二の次にしてきた気さえする。
(和哉、あの子から告白されたら付き合うのかな……)
少女が切なげな顔をしてしょんぼりと首を垂れた時、花の髪飾りもしゅんと下を向きしおれたように見えて可哀想だった。
(卒業生の方から部活に顔を出さなくなったら、まるで会えなくなるし。きっと寂しいんだろうな)
もてるわりには色事に疎い柚希にもわかるほどの好意。
今までも和哉が女の子からアプローチされている場に出くわしたことは何度もあった。しかしそれはまだ子供らしいやり取りで何とも思ったことはなかったが、和哉が成人したからか、少女の浴衣姿が大人びて見える成果、今回は妙に男女の生々しさが透かしみえる。
それが余計に柚希を落ち着かない気分にさせた。
「じゃあ、あっちにまだ何人かバスケ部いるから、一緒に顔見せに行ってくれませんか?」
それぐらいいでしょう? といった感じにもう一人の少女が言い募ってきた。和哉がブルーハワイのかき氷を持ったまま、兄弟である柚希にしか分からない程度の困り顔でちらりと目線を送ってきた。柚希は檸檬チューハイのカップに入っていた氷をがりがりと口の中で食むのを止めた。
「いいよ。みんなと行っておいでよ。俺此処で適当に休んでるから」
すると裏切られたような顔をして和哉が僅かに口元をむすっとさせたから、柚希は甘い声でおねだりを忘れない。
「ついでにあっちにあった、牛串買ってきて。待ってるから。ほら小遣い」
「はあ、いいって。わかったよ」
そんな風に軽い調子で送り出した。しかし少女が寄り添って歩く和哉をどこか落ち着かない気分で見守る。背筋がピンと伸びた和哉の広い背中がどんどんと遠ざかり、人ごみに見えなくなっていくのをいつまでも目で追ってしまった。
和哉は背が飛びぬけて高いから、頭の形だけは結構長く探せていたが、盆踊りの櫓を回りこんでしまったら流石に見失ってしまった。
和哉が行ってしまったら、喧騒に一人身を置くのが妙に寂しい。
柚希はどんどんと氷が解け薄くなったチューハイをこくんっと飲んで石垣の上に置くと、ジャガイモの上でとろりと溶けたバターを割りばしでぐしゃりと混ぜる。そのまま眉をやや顰めた顔で、口元に運んでいった。
さっきまで熱々のこれを食べることを楽しみにしていたのに、今はただ妙に味気ない。
(お祭りなんて、一人でいるものじゃないな)
ただひたすらに口元に運んで、半分食べきってから持ち帰り用のレジ袋の中に戻してため息をつく。
櫓の周りは地元の婦人部の人たちが今年も張り切って踊りの輪を取り仕切っている。東京音頭はこちらに越してきてから何度も聞いたことがあるお決まりの楽曲だが、小気味よいお囃子もコブシの利いた伸びやかの歌声も柚希とは遠い世界の出来事みたいに何も感じない。
たまにあったあの感覚。父を失い母と共に逃げてきたこの大きな街に来たばかりのころ、柚希はもう誰からも嫌われたくないと常に笑顔を絶やさず人に親切にして、時には自分の感情を二の次にしてきた気さえする。
(和哉、あの子から告白されたら付き合うのかな……)
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