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夏祭りの思い出
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Ωと判定されて、発情期を迎えてから。
家族には黙っていたが柚希が一人で行動する時、Ωゆえのトラブルに見舞われることが多くなった。
電車の中で必要以上に男に擦り寄られたり、夜に帰る一人道、柚希とそう年の変わらぬ男に後をつけられた。巻くためにコンビニに立ち寄ってから猛ダッシュで家に帰ったが、およそ女性ならば合ってきたような嫌な出来事に、自分が見舞われると流石に落ち込んでしまった。
主治医に聞いた話ではβでも敏感な者には時期によっては漏れ零れる柚希のフェロモンの香りに、無意識に誘引されるのだという話だった。
そしてこの夏。つい最近のことだ。仕事帰りに少し疲れてしまって、帰宅前に英気を養うためカフェで休憩をしていた時。突然後ろから見ず知らずの男に椅子越しに抱き着かれた。
驚いたと同時に首筋に吐息がかかった、その嫌悪感でひやりと背筋が凍る思いをした。すぐに店の人も駆けつけて警察沙汰一歩手前にまでの騒ぎになってしまった。
有名企業に勤めているというハンサムなαの男性は、たまたま出張帰りで抑制剤を切らせ服用し損ねたということだった。そして柚希の香りに無意識に引き寄せられてそんな行為をしてしまったのだという。勿論すぐに正気に返って後頭部が見えるほど深々と腰を折って死ぬほど謝ってくれた。
店にも柚希にも勤め先の有名企業が書かれた名刺を渡して、その後どうしてもこの埋め合わせがしたい、あなたに運命を感じたとしつこく誘われ連絡先を聞かれたが柚希は応じなかった。
だが別の日に仕事帰りにそのカフェの前を通りがかった時に、男性が店の中から飛び出してきて腕を掴まれ、柚希は震えあがってしまった。
何とかそれを振り払い、バスケで培った足腰を活かしてなんとかその場を逃げ出したのだ。
ほとぼりが冷めるまで駅で待ち伏せされても叶わないので、柚希はこの暑さの中自転車通勤を余儀なくされていたのだった。
(今、人ごみがちょい、苦手なんて和哉にとても言えないし……)
そんなことを言ったら和哉のことだ、柚希が理由を話すまでまた手を変え品を変え執拗に揺さぶりをかけてくるに決まっているし、柚希はすぐにそんな和哉に絆されてしまうと自分でも分かっている。
そしてこのことがばれたら家族総出で一人暮らしを反対されるだろう。
そうしたら桃乃は今度こそ、柚希の元に来ようとするだろうか。自分のせいで母が愛する人と分かれ、大切な家族がまたばらばらになるのはどうしても避けたかった。
「柚にい、混んでるからはぐれないようにしよ?」
「和哉……?」
いいしな、和哉がきゅっと柚希の浴衣の袖から覗く手を握ってきたから思いがけずとくんっと胸が弾んだ。驚いて和哉を見上げてしまう。
「どうしたの?」
こんなこと何でもないという風に、和哉はきょとんとしている。
弟の手は最後につないだ時の記憶よりずっと硬く骨ばっていて、そしてそれほど小さくはない柚希の手を覆うほど大きくなっていた。
上目遣いに目が合った弟は、見惚れるほど綺麗な微笑を浮かべている。手を握り返していいのか戸惑う柚希を無視して、指の間に指を絡めてもう柚希の方からは外せぬほど握りこんできた。
ここは二人にとっての地元。どこで小中、もしかしたら高校の同級生までもがいるとも限らない。こんな姿を見られていいものなのか、逡巡してしまう。
(いい年した兄弟が、手なんて繋ぐことあるのかな……)
頭のどこかではきっと余程のことがない限り手をつなぐなんてしないだろうと思うのだが、和哉が男っぽい仕草に腕を引いて入り口に向かっていく背を、柚希はどこか胸の中で深い安心感を得ながら追っている自分に気がついた。
そして手を振りほどけないばかりか、自分からもぎゅっと握り返してしまうことにも。
「ついてきて。離れないで」
その仕草に気がついた和哉が振り返って、またあの時の……、騎士のような顔をして美しく微笑んだから。柚希は今まで感じたことがない程の胸の疼きを感じて、思わずほうっと吐息を漏らした。
家族には黙っていたが柚希が一人で行動する時、Ωゆえのトラブルに見舞われることが多くなった。
電車の中で必要以上に男に擦り寄られたり、夜に帰る一人道、柚希とそう年の変わらぬ男に後をつけられた。巻くためにコンビニに立ち寄ってから猛ダッシュで家に帰ったが、およそ女性ならば合ってきたような嫌な出来事に、自分が見舞われると流石に落ち込んでしまった。
主治医に聞いた話ではβでも敏感な者には時期によっては漏れ零れる柚希のフェロモンの香りに、無意識に誘引されるのだという話だった。
そしてこの夏。つい最近のことだ。仕事帰りに少し疲れてしまって、帰宅前に英気を養うためカフェで休憩をしていた時。突然後ろから見ず知らずの男に椅子越しに抱き着かれた。
驚いたと同時に首筋に吐息がかかった、その嫌悪感でひやりと背筋が凍る思いをした。すぐに店の人も駆けつけて警察沙汰一歩手前にまでの騒ぎになってしまった。
有名企業に勤めているというハンサムなαの男性は、たまたま出張帰りで抑制剤を切らせ服用し損ねたということだった。そして柚希の香りに無意識に引き寄せられてそんな行為をしてしまったのだという。勿論すぐに正気に返って後頭部が見えるほど深々と腰を折って死ぬほど謝ってくれた。
店にも柚希にも勤め先の有名企業が書かれた名刺を渡して、その後どうしてもこの埋め合わせがしたい、あなたに運命を感じたとしつこく誘われ連絡先を聞かれたが柚希は応じなかった。
だが別の日に仕事帰りにそのカフェの前を通りがかった時に、男性が店の中から飛び出してきて腕を掴まれ、柚希は震えあがってしまった。
何とかそれを振り払い、バスケで培った足腰を活かしてなんとかその場を逃げ出したのだ。
ほとぼりが冷めるまで駅で待ち伏せされても叶わないので、柚希はこの暑さの中自転車通勤を余儀なくされていたのだった。
(今、人ごみがちょい、苦手なんて和哉にとても言えないし……)
そんなことを言ったら和哉のことだ、柚希が理由を話すまでまた手を変え品を変え執拗に揺さぶりをかけてくるに決まっているし、柚希はすぐにそんな和哉に絆されてしまうと自分でも分かっている。
そしてこのことがばれたら家族総出で一人暮らしを反対されるだろう。
そうしたら桃乃は今度こそ、柚希の元に来ようとするだろうか。自分のせいで母が愛する人と分かれ、大切な家族がまたばらばらになるのはどうしても避けたかった。
「柚にい、混んでるからはぐれないようにしよ?」
「和哉……?」
いいしな、和哉がきゅっと柚希の浴衣の袖から覗く手を握ってきたから思いがけずとくんっと胸が弾んだ。驚いて和哉を見上げてしまう。
「どうしたの?」
こんなこと何でもないという風に、和哉はきょとんとしている。
弟の手は最後につないだ時の記憶よりずっと硬く骨ばっていて、そしてそれほど小さくはない柚希の手を覆うほど大きくなっていた。
上目遣いに目が合った弟は、見惚れるほど綺麗な微笑を浮かべている。手を握り返していいのか戸惑う柚希を無視して、指の間に指を絡めてもう柚希の方からは外せぬほど握りこんできた。
ここは二人にとっての地元。どこで小中、もしかしたら高校の同級生までもがいるとも限らない。こんな姿を見られていいものなのか、逡巡してしまう。
(いい年した兄弟が、手なんて繋ぐことあるのかな……)
頭のどこかではきっと余程のことがない限り手をつなぐなんてしないだろうと思うのだが、和哉が男っぽい仕草に腕を引いて入り口に向かっていく背を、柚希はどこか胸の中で深い安心感を得ながら追っている自分に気がついた。
そして手を振りほどけないばかりか、自分からもぎゅっと握り返してしまうことにも。
「ついてきて。離れないで」
その仕草に気がついた和哉が振り返って、またあの時の……、騎士のような顔をして美しく微笑んだから。柚希は今まで感じたことがない程の胸の疼きを感じて、思わずほうっと吐息を漏らした。
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