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夏祭りの思い出

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 戸惑う顔が色っぽくて、湯上りに上気した頬に伝う雫すら愛おしくて舐めとりそうになる。そして鼻をくすぐるふわふわと甘い、兄の香り。昔から知っていた石鹸と花々が合わさったような清潔感の中に優しい色香漂う兄の香りに、和哉が薄く開いた唇の奥で、ひっそりと獲物を求め尖った犬歯を舌で舐め上げると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

「ただいま~! 柚希来てるのね!!」
「か、母さんただいま!」

 ぐいっと和哉を押しのけて、柚希があられもない格好のまま玄関に逃げ去ってしまった。追いかけて後ろから羽交い絞めに腕の中に閉じ込めたかったが、その先には母がいる。すぐさま母が「柚希! 貴方なんて格好してるの!」と久々の再会に喜色を浮かべた声のまま窘めているのが聞こえてきた。

「はあっ」
 
 その手を擦りに抜けていった兄に対し大きくため息をついて、母と浴衣の前身ごろを掻き合わせながら戻ってきた柚希のどこかほっとした表情を見てまた憎らしくも愛おしくも思う。

(でもいいんだ。今日はこれから……。僕が兄さんを独り占めできるんだ。すごいチャンスだろ? 夏祭りデート中にどんどん僕を異性として意識してもらわないと。兄さんはΩっていう意識を持ちたがらないから、こう無意識にでも可愛い反応をし続けてもらうために頑張らないと)

 そのまま玄関隣りの仏間のように使われている部屋にいって、母子はお線香をたてて父や和哉の母の遺影に手を合わせた。

「柚希、浴衣着せてあげる」
「あ、うん。でもなんで浴衣?」
「あらやだ。今日、和くんと夏祭りに行く約束してたんでしょ?」
「祭り?」

 着付けをするため母に言われるがまま、姿見の前に立つ柚希は寝耳に水といった顔のまま鏡越しに目線で和哉の姿を探してきたから、和哉はもう意地悪する必要もないと思いなおす。
凛と美しい浴衣姿に仕立て上げられていく兄を上機嫌で眺めたままにっこりと微笑んだ。

「やっぱり忘れてた。去年約束したよね? 大杜神社の夏祭りにいくって」
「あ……、そっか! そうだ。祭り! ごめん! 和哉!」
「約束したことは覚えてたんだ? さあ、兄さんに屋台で何奢ってもらおうかな?」
「何でも奢ってあげるから許して。な?」

 そういってごめんねと手を合わせる兄の可愛さにもう僅かな怒りなど霧散してしまった。

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