仔犬のキス 狼の口付け ～遅発性オメガは義弟に執心される～

夏祭りの思い出

5

🐺和哉視点です。もやもやじめじめ期の和哉君

（はあ、兄さんやっぱり忘れてる。夏祭り……。今年は僕と行こうって約束してたのに）

　金曜日の今夜から、日曜まで。隣り街にある神社では毎年夏祭りの縁日が開かれるのだ。柚希はこの半年、近所に住んでいる癖に色々気を使ってか家につかなかった。それがお盆に久しぶりに家に戻ってくると母から聞いた時、和哉は当然柚希が去年交わした約束を覚えていてくれたのだと内心喜んだ。しかしまるっきり忘れてしまっている様子に失望は大きかった。

（僕はこの夏一番の楽しみにしてきたのに）

　家族になってからは、夏祭りの三日間のどれかの日に友人とではなく、毎年柚希と二人っきりで夏祭りに行くのが定番だった。
柚希への恋心を自覚してからはそれが二人のデートのような心地で臨んでいた和哉にとって、夏休み恒例のメインイベントと言ってよかったのだ。

　しかし去年は行こうと約束していた最終日と同じ日付に当たった花火大会に柚希は当時の彼女と出かけて行ってしまったのだ。（もちろんその彼女とは少しだけ付き合って分かれている。お決まりの友達に戻ったらしい）
柚希と祭りに行かなかった年はその年と柚希に初めて彼女ができた柚希が高校二年生だった、あの水族館デートの夏以来だ。
あの年は柚希と夏の間中ぎくしゃくしたものだが、その後は夏前に柚希に彼女ができかける気配を察しては旨い具合に夏祭り前には破局に向かうように仕向けたりもしてきた。
　しかし社会人になり柚希の行動範囲が広がっていたこともあり、柚希はまた彼女を作ってしまった。例によって『一緒にいると楽しいから付き合ってって、言われた』なんて軽い調子で告げてきたのは祭りのちょうど三日前かそこら。
直前になって柚希とは祭りに行けないと聞かされ、『和哉は高校のバスケ部の奴らとお祭りいってきたからいいよね？』とか気安く言われたので、その時は流石に頭にきて和哉が柚希を無視し続けたので、二人は険悪な雰囲気になってしまった。
困り果てた柚希に『来年は必ず二人で行こうね』との約束をさせるまで柚希を許さなかったのだ。
　しかし当の柚希は一年後の今日がお祭りであること自体忘れていたようだ。
最近わざとなのか疲れていたのか連絡がつかなかったことの恨みも手伝って、和哉の中では沸々と怒りが込み上げてきていた。

　夏祭りには母に用意してもらった浴衣を着て出かけるつもりでいたから、そのあたりも伝えておきたかったのに、昨晩は一向にスマホに出てくれなかった。
　柚希は冬に当時の彼女と別れてからはフリーのようだが、今まであれほどモテてきた柚希のことだ。ひょっこり新しい恋敵が登場していないとも限らない。
ついついスマホの位置情報アプリで柚希の居所を確認してしまい、『ああ今は仕事中』『この街あんまりいかないよな？　なんでだ？　誰といるんだよ！？』なんて確認してしまって、と終始柚希のことが気になってストレスがたまっていた。

（もしかしたらって思ったけど、さっきの様子じゃ絶対覚えてない。僕は兄さんの全てが好きだけど、約束してたことを忘れる癖は絶対に直して欲しいんだよね）

　しかし生で柚希の顔を見たらやっぱり嬉しくて、和哉は内心口元が綻びそうになるの抑えるのに必死だった。