仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

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夏祭りの思い出

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 今年も夏が巡り、柚希が突然の発情からΩ判定を受け、家族みんなで暮らした家を出てからもう半年以上が過ぎた。
一人暮らしにはまだ慣れない。明かりの消えた家に帰るのが嫌でどうしても仕事場に残りがちで、くたくたになって帰ると夕食もそこそこに眠り、また朝早くから出勤する。
そんな生活を無我夢中で過ごしているうちに、ただでさえ足が遠のいていた実家に顔を出せない日々が続いていた。
 母から『お父さんたちのお線香をあげにいらっしゃい』と連絡があったのはちょうどお盆の頃だった。
 仕事が終わるとそのまま住んでいるアパートとは駅を挟んで反対側にある実家方面に歩きだす。

(和哉はバイトかな? 母さんはもうじき帰ってくる頃だろう。敦哉さんにまた会えないのかな。会いたいな)

 私鉄沿線で人気路線にありながら特段栄えた駅ではない。大きなスーパーがあるほかは小売店が数件ある程度で、後は学習塾や銀行がちらほら。少し歩けばすぐ住宅街にでる。

柚希が久しぶりに我が家の玄関前に立つと、門扉の下に飾られていたプランターの日日草はすっかりしおれてしまっていた。
夏の暑さで母がいくら丹精を込めても夕方にはすっかりしおれてしまうようだ。昼間もまた33℃を記録し、水をやっても根腐れを起こしてしまうのだろう。それだけでも、なんとなく寂しい心持ちになった。
 風が出てきてまだ日没には早い黄色い太陽を雲が翳らせる。
 ざわっとした音が耳元を吹き抜けていき、なんとなく心も同じく波たたせながら柚希は実家に合い鍵を使って開けて入っていった。

「お帰り」
「あ……。和哉」
 
 声をかけてきたのは、弟の和哉だった。夏休み中はアルバイトで日々忙しくしているはずが、玄関で出迎えてくれ面食らう。それがもろに顔に出たのだろう。和哉の方も大きな瞳を見張り、怪訝な顔をして見つめ返してきた。

「柚にい、なんて顔してるの? おかえりなさい」
「あれ? 今日はバイトないの?」
「今週末は都内の店舗はお盆休みで人手いらないんだよ。……兄さんが帰ってくるんだから、僕だってゆっくりしたっていいだろ?」
 
 玄関のたたきに立った、見上げた和哉の顔は心なしか機嫌が悪げに感じられた。心当たりを頭の中で整理して考えてみるが、思いつくことは一つぐらいかない。

(やっぱあれかな……。ここんとこ、寝落ちして通話しなかったから。昨日も出なかったし)

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