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春遠い、バレンタイン
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このままキスをしたら、それ以上を求めてしまいたくなるかもしれない。それほどに甘い誘惑に襲われた和哉は、口づけを諦め、代わりに兄の唇の中に、チョコレートをねじ込んだ。
指先に柔らかな唇が当たる、甘美な感覚に眩暈がする。
長い睫毛がふさふさと揺れ大きな瞳を見開き、柚希は幸せそうに頬を染め、うっとりとした顔で肩を震わせる。
「あまいな」
蕩けるように微笑む、柚希の表情の方がずっと和哉には甘く感じられる。唇についたチョコを舐めとる赤い舌に誘惑されて、そのまま口づけをしてしまいたくなった。
「カズ?」
兄の両肩を掴み、引き寄せると、柚希は大きな目を真ん丸に見開いた。
まだやっと目線が合うぐらいにしか背丈の釣り合わない。むしろ僅かに見下ろされ、慈愛に満ちた眼差しで心ごと包まれる。優しい柚希。誰より和哉を愛してくれる柚希。だがそれは恋人に向けるような熱のこもったそれではないのだ。
(早く追いつきたい)
自分にがっかりし、そのまま柚希の肩にこてんっと頭を載せる。
「チョコ、ありがとう。テスト勉強頑張るから」
弟の甘えたな仕草に、柚希が柔らかな吐息を漏らして頭と腰に暖かな手を載せ抱きしめてくれた。
「どうしたの? 今日は。昔みたいだね」
甘えられるのはまんざらでもない口ぶりで、柚希は嬉し気だ。和哉はそんな兄の背中に腕を回す。誰にも譲れぬ最愛の人の、温かい身体をそっと抱きしめた。
(身体も心も兄さんに追いついたら、その時は……)
一抹の寂しさで胸がぎゅっと絞めつけられるのは、まだ和哉が柚希と吊りあうまでに成長できていないと告白のタイミングを見計らっているから。
(でもいつかは……。兄さんを僕だけの兄さんにして見せる)
今はただ、身体を起こした和哉は柚希の澄んだ美しい瞳いっぱいに自分だけが映っている今、この瞬間を喜ぼうと思った。
「カズ、機嫌直ったな。夕食の買い出し、いく?」
「いく」
「じゃあ、俺着替えてくるから」
にこにこしながら柚希はすくっと立ち上がり。
自分の部屋につかつかと戻っていくと、後ろ手に扉を閉める。
すかさず両手で口元を覆うと、顔を真っ赤にして『はああああああ』っと大きく息を吐いた。
「なんなの、なんなんだよ。あの、壁ドン! 中学生であの色気は何? やばすぎるだろ。腰砕けちゃったよ。も、いい加減、悪ふざけじゃすまないだろ」
和哉のブラコンは今に始まったことではないが、それにしてから度が過ぎる触れ合いに胸がばくばくとなって柚希はそのままベッドに倒れこんでじたばたとした。
「うう、中学生に男の色気で負けてるわけにはいかない」
自分も早く大好きな相手を作らねばと思う。好きだと言ってくれる人に、心から応えてあげられたらとも思う。
いつも告白は相手からで、フラれるのも相手から。『私ばかり好きで、辛い』といって別れを告げられる自分にも嫌気がさしていたから。
「好きな人できないと。和哉も俺も、兄弟離れ、できないもんな……」
口ではそんな風に言いながら、先ほど和哉が女の子にはっきりと断っている姿を後ろから見て居て、どこかほっとしている自分がいたこと。彼以上に心を満たす大切な相手が作れるのか想像ができないこと。
柚希は気がつきつつも……。
その感情に向き合うには、まだまだこの季節のようにあと一歩、
春は遠かった。
終
指先に柔らかな唇が当たる、甘美な感覚に眩暈がする。
長い睫毛がふさふさと揺れ大きな瞳を見開き、柚希は幸せそうに頬を染め、うっとりとした顔で肩を震わせる。
「あまいな」
蕩けるように微笑む、柚希の表情の方がずっと和哉には甘く感じられる。唇についたチョコを舐めとる赤い舌に誘惑されて、そのまま口づけをしてしまいたくなった。
「カズ?」
兄の両肩を掴み、引き寄せると、柚希は大きな目を真ん丸に見開いた。
まだやっと目線が合うぐらいにしか背丈の釣り合わない。むしろ僅かに見下ろされ、慈愛に満ちた眼差しで心ごと包まれる。優しい柚希。誰より和哉を愛してくれる柚希。だがそれは恋人に向けるような熱のこもったそれではないのだ。
(早く追いつきたい)
自分にがっかりし、そのまま柚希の肩にこてんっと頭を載せる。
「チョコ、ありがとう。テスト勉強頑張るから」
弟の甘えたな仕草に、柚希が柔らかな吐息を漏らして頭と腰に暖かな手を載せ抱きしめてくれた。
「どうしたの? 今日は。昔みたいだね」
甘えられるのはまんざらでもない口ぶりで、柚希は嬉し気だ。和哉はそんな兄の背中に腕を回す。誰にも譲れぬ最愛の人の、温かい身体をそっと抱きしめた。
(身体も心も兄さんに追いついたら、その時は……)
一抹の寂しさで胸がぎゅっと絞めつけられるのは、まだ和哉が柚希と吊りあうまでに成長できていないと告白のタイミングを見計らっているから。
(でもいつかは……。兄さんを僕だけの兄さんにして見せる)
今はただ、身体を起こした和哉は柚希の澄んだ美しい瞳いっぱいに自分だけが映っている今、この瞬間を喜ぼうと思った。
「カズ、機嫌直ったな。夕食の買い出し、いく?」
「いく」
「じゃあ、俺着替えてくるから」
にこにこしながら柚希はすくっと立ち上がり。
自分の部屋につかつかと戻っていくと、後ろ手に扉を閉める。
すかさず両手で口元を覆うと、顔を真っ赤にして『はああああああ』っと大きく息を吐いた。
「なんなの、なんなんだよ。あの、壁ドン! 中学生であの色気は何? やばすぎるだろ。腰砕けちゃったよ。も、いい加減、悪ふざけじゃすまないだろ」
和哉のブラコンは今に始まったことではないが、それにしてから度が過ぎる触れ合いに胸がばくばくとなって柚希はそのままベッドに倒れこんでじたばたとした。
「うう、中学生に男の色気で負けてるわけにはいかない」
自分も早く大好きな相手を作らねばと思う。好きだと言ってくれる人に、心から応えてあげられたらとも思う。
いつも告白は相手からで、フラれるのも相手から。『私ばかり好きで、辛い』といって別れを告げられる自分にも嫌気がさしていたから。
「好きな人できないと。和哉も俺も、兄弟離れ、できないもんな……」
口ではそんな風に言いながら、先ほど和哉が女の子にはっきりと断っている姿を後ろから見て居て、どこかほっとしている自分がいたこと。彼以上に心を満たす大切な相手が作れるのか想像ができないこと。
柚希は気がつきつつも……。
その感情に向き合うには、まだまだこの季節のようにあと一歩、
春は遠かった。
終
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