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春遠い、バレンタイン

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 和哉にとって、この日は鬼門だ。
 女性の方から好きな人に告白する敷居が下がる日だけあって、兄の柚希が何らかのアプローチを女性たちから受ける危険がかなり高まる日だからだ。
 柚希は和哉の気持ちにはまるで気づいてくれないどうしようもないほど鈍い男であるが、あれで結構モテる。
 中学時代は和哉から見たら飛び切り可愛いと思ってはいたが、背丈が高い方ではなかったので女子人気はそれほどでもなかった。それでも友人は男女問わず沢山いて、和哉が嫉妬することもしばしばあった。だがそれはまだ友達止まりだから許せもした。
しかし高校に入った頃から柚希は急激に身長が伸びて、元々母親似の楚々とした美貌も相まって、女の子からしたら爽やかな美青年に見えるようになってしまった。
 そのためか今年の夏にはあの朴念仁にも彼女ができた。和哉は秋に彼女と別れたときかされるまで嫉妬に苛まれ、煮え湯を飲まされ続けたのだ。
その後も何度か告白されたようだが、直近ではクリスマス辺りに一人付き合いかけて結局自然消滅になっている。この状態を何とか保ちたいのだ。
 
 今日は一刻も早く自宅に帰って、兄宛にポストにダイレクトインしてくるチョコや手紙などを確認せねばならない。
 もちろん直接兄に手渡してくる子もいるだろうから、うまい具合にその子のアカウントを探して、なんとなく疎遠になるように仕向けねばならないという一連の工作まで開始していた。こんな感じでテスト勉強どころではないのだ。

 とっとと家に帰ろうと荷物をまとめている間に、どんどんクラスの扉の前に別のクラスの女子が集まってきて行く手を阻もうとする。紺色の制服がペンギンのコロニーのように膨れ上がった女子の群れ。

 しかし今一歩みなもじもじとして和哉に声をかけられずにいるので、小学生時代から『王子様』とも異名をとる笑顔で強行突破しようとした。
 しかしその時。顔見知りの女バスの新部長である岸がすらりとした身体で行く手を遮るように先を急ぐ和哉を廊下で待ち伏せし、声をかけてきたのだ。

「一ノ瀬君、ちょっといいかな」
(……ファーストペンギン、きたか)

岸は女子だけれど上背があり、きりっとした美形で髪も短い。
数は少ないがいるαの女性なのではと女生徒からも憧れの眼差しで見られている目立つ生徒だ。
 その彼女が一歩前に出たので、ほかの生徒は何となくその場に張り付いたように前に出ては来られなくなった。

 教室の内外からひゅーともぴーともつかない下手くそな口笛が上がった。
 
「なに?」

 意地悪かとは思ったがあえて廊下の真ん中で聞き返せば、案の定衆人環視のその場では口に出したがらずに彼女は「ちょっとここでは」とか呟いている。
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