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第二部 ありがとう、おめでとう よろしくね

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 柚希が涙で霞んだ瞳を再び拭って顔をあげれば、髪色によく似あう明るめのキャメルカラーのコートを翻し、イルミネーションの前にばらばらと散る人々をなぎ倒さんばかりの勢いで駆け寄る己の番の姿があった。
 多分薄めの二つ折り財布と鍵程度しか身に着けていないのだろう。手ぶらで身軽ということもあるが、バスケ部時代、陸上部からスカウトに来られたほどの俊足を誇った和哉は黒のパンツに包まれた長い脚を活かし川沿いの小道をあっという間に距離を詰めてきた。
 柚希は腰骨から頭のてっぺんまでざわざわっと総毛だつような歓喜に似た興奮と同時に明らかな恐怖すら覚えて、思わず晶を庇うように腕を広げて弟に前に立ちはだかってしまった。

「聞いて、カズ、晶は……、挨拶に来てくれただけだから」
 
 柚希が涙の跡の残る顔で必死に晶を庇うような動作を見せたことで、すでに頭に血が登っている若い和哉は今兄の姿に十二分に煽られる。
 日頃は穏やかで微笑みを絶やさぬ和哉の、目にしたことのない獰猛で仇に飛び掛からんばかりの顔つきに柚希は寒さとは違う悪寒に苛まれた。
 そのまま和哉の胸に縋るようにして彼が晶に掴みかかるのを止めたが、和哉は柚希の腕を彼らしくない粗暴な動きで引き、晶から引きはがすように無理やり自分の後ろに下がらせる。

「カズ、落ち着いて」
「柚希は黙ってて。佐々木先輩。わざわざイブの夜に、番のいる相手のところに押しかけて、なんの挨拶に来たっていうんですか?」

 和哉のこんなふうに感情を剥き出しにした荒々しい姿を目にしたのはまさしくあの番になった番以来のことだろう。
 和哉が発するびりびりとした空気感と番を護るために発するという牽制のフェロモンに、剛直で逞しい晶すら太い眉を僅かに顰めこらえるような顔つきになったが和哉の剣幕に怯むことなく応じる。

「和哉、本当だ。海外赴任が決まって、年が明けたらすぐに出国する。その前に柚希に挨拶に来た。それだけだ」
「……」

 和哉は黙り込んでかつての恋敵の真意を探るようにイルミネーションを移し炯炯と光る瞳で晶を睨みつけたまま、それでも一度きっちりと会釈をすると柚希の腕を掴んで歩き出した。

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