仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
175 / 296
第二部 ありがとう、おめでとう よろしくね

4

しおりを挟む
  和哉の本心としては、番と離れて暮らすのは耐え難いようだ。しかし和哉がまだ学生の間は別居していようという柚希の意思を受け止め尊重してくれている。

 柚希にもこの数年苦しみ悩み掴んだ、今の柚希の生活というものがある。
 社会に出て右も左もわからなかった頃に比べたら、今は自分の意見を出して商品開発にも携われるようになった。
 対して和哉はこれから社会人となり、生活全般が変化する手前だ。これからの二人のことはゆっくりと共に考えようと、年上としてそんな風に和哉に真剣に話をしたのだ。
 番になりたての頃、柚希に仕事を辞めて自分の傍にいて欲しいなどと激情のままに迫っていた和哉も、頭が冷えてきたら態度が軟化をして、やや不承不承ながら了承してくれたのだ。

「なあ、和哉。長い人生これから先、ずーっと一緒にいられるわけだし、あと一年と少しぐらい耐えられるだろ? それにほら恋人気分も味わえるからちょっと楽しいだろ。離れて暮らしてないとまた、兄弟感覚抜けきらなくなるし」
「それは困る。恋人気分の方がいい」
「な? そうだろう? お前が通ってきてくれるの、嬉しいからさ」

 恋人という単語を持ち出すと一瞬眉を顰め複雑そうな顔をする和哉だが、柚希が素直な気持ちを口にすればするだけ機嫌もよくなるのでこういうところは御しやすい。
 
 とはいえ、あの和哉が番と離れて居られるはずもない。
 父母に挨拶をした翌日には柚希のアパートから一度実家にとってかえすと、大きなスーツケースに私物をまとめて柚希のアパートににこにこしながら乗り込んできた。

「一緒に暮らすのは先でも、僕が泊まりに来る分にはいいよね? まだ僕は学生だから時間の融通が利くし、忙しい兄さんの生活全般サポートできるし」
 などと学生であることを逆手にとってそんな風に迫ってきた。そもそも和哉に甘い柚希が否といえるはずもない。

(まあ、俺もカズ君と一緒にいたいし……)
 などとお得意の絆され流され根性で大目に見ている間に、お洒落な和哉が洋服だの靴だのをお店が開けるのではないかというほどの荷物を柚希の家に持ち込んできた。
 もちろん大学で当座使う荷物も大部分は柚希のアパート、必要な時だけ実家に帰ってといった感じに暮らしている。

 たまに主に桃乃の体調を気遣って家に戻るが、なにせ隣り街なのでどんなに遅くなっても必ず寝に帰る場所は柚希の元。ゆえに半同棲と言っても良い。

 とっとっとっとアパートの階段を登ってくる和哉の足音は軽やかで結構速くて、その音を聞くたび柚希はご主人様の帰りを待っていたワンコのような気持ちになって、料理を温めていた手を止めてまで扉の前にいそいそと立ってしまう。

「ただいま、柚希」
「おかえり、和哉」
 
 なんて頬を染めながら言いあって、和哉が早速ワンコのように覆いかぶさってきてキスをされると、柚希は恥ずかしくて慣れなくていい年した男がいちいちときめいているなんて知られたくなくて、ちょっと嫌がるそぶりを見せてしまう。
 だが内心『うわ、こんな、恥ずかしいのにすんげー嬉しい』と思って、照れてあまり言葉に出さないまでも和哉が傍にいてくれることが柚希は何よりも心躍るのだ。
 昔はあれほど恋愛的な感情を抱くことが他人のそれが青色なら柚希は限りなく水に近い程薄く、どれだけ人気の恋愛ドラマを見ようが可愛い女の子と付き合おうがいまいちピンとこなかった柚希だった。だが今では和哉と一日でも離れていられない。これはもうもう本能からわきあがる実感だった。
 他にも変わったことがある。
 いつもだったら和哉の方がしつこく柚希に連絡を取ってきていたのに、今では仕事の合間に柚希の方が和哉は今どこにいるのかなとアプリで確認してしまったりする。
 見知らぬ場所に和哉のアイコン(なんと『祝番』のあの狼ケーキのアイコン。こっそり写真撮っていたらしい。和哉の友達みんなにもいつもみられている。ちょっと、かなり恥ずかしい)がいっていると、じくりっと心臓に小さな棘が刺さったような心地になって、これが散々職場の女性たちから聞かされてきた恋の疼きなのだと今さらになって柚希は遅まきながらようやく初恋を得たみたいに実感していたのだ。

(でもなんか……。このチクって奴は嫌じゃない。何回も繰り返して繰り返して胸の中で『和哉に会いたいなあ』って反芻すると、そのたび心が熱くなっていくような気分。会えた時の嬉しさは、胸がはち切れそうになるほど和哉が愛おしいって、心が膨らむんだ)
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...