117 / 296
狼に口づけを
狼に口づけを11
しおりを挟む
どちらを選ぶかは柚希の想いを尊重しようと、最後の最後で和哉は腹を括ったのだ。
昨日は柚希にヒートを一時的に弱める注射薬を投入後は晶と共に強い抑制剤を服用していたから、和哉は副作用の頭痛の強い波に何度か襲われていた。しかしどうしても眠るのが惜しくて一晩中、飽かずに柚希の寝顔を見つめていた。
昔のように添い寝して傍らで過ごせば、時折苦し気に呻く兄を抱きしめてやると呼吸が整い、和哉の頭痛も遠のいて、不思議と穏やかな気持ちになれた。兄の女性ほど柔らかくはないが自分とは違い嫋やかさをはらむ白い身体に口づけ、この時がずっと続けばいいとすら思った。
空調が静かな二人きりのホテルの一室。見下ろせば星々には劣るが輝くビル群の夜景が見える。ふと見渡せるだけでも沢山の人が息づき暮らしているというのに、どうして和哉には柚希でないとならないのか。
結局どうして柚希でないと駄目なのかなんて考えても答えはでないだろう。
ただもう、和哉にとって柚希を愛している気持ちだけが、幼いころから何度も何度もぴかぴかに拭き上げた、たった一つの宝物なのだから。
手放すには愛着が湧き過ぎて、そのあと自分がどうなってしまうのか和哉自身も分からない。
「柚希……。答えて」
温かいというよりも内側に炎が赤々と燃えているように熱い兄の身体を今一度強く抱きしめた。
いつまでもこうしていたいけれど、ついにこの時が来てしまった。
和哉は爪を立て痛い程腕を掴んでくる兄の指先を後ろから掌に包んで、やわやわと揉み摩る。徐々にほろりと力を抜いたその白い手を持ち上げ、和哉は初めてであった頃から特別なその手を自分の頬に充てて温みを味わった。
(もう二度と、この手に触れられなくなるかもしれない。それでも……)
「和哉?」
「どちらを選んでもいいよ。覚悟してる。でも。もしも先輩を選ぶなら……。僕は柚希の前から永遠に、去ろうと思ってる」
「カズ……!」
心の底から欲し、共に生きていくことを望んだ最愛の人をもう一度『兄』と呼び、純粋に慕うことはできないだろう。
永遠に、去る。それだけは嘘偽りない、覚悟を決めた言葉だった。
柚希を得ることができぬのならば、今までしてきた努力も思いも水泡とかす。他の男のものになる柚希をこのまま近くで見守ることができる程、和哉は老成してはいなかったから、和哉はその我儘だけは自分に許そうと思った。
「ずっと柚希を護ってあげるって言った約束、破ってしまうけど……。ごめんね。兄さん」
昨日は柚希にヒートを一時的に弱める注射薬を投入後は晶と共に強い抑制剤を服用していたから、和哉は副作用の頭痛の強い波に何度か襲われていた。しかしどうしても眠るのが惜しくて一晩中、飽かずに柚希の寝顔を見つめていた。
昔のように添い寝して傍らで過ごせば、時折苦し気に呻く兄を抱きしめてやると呼吸が整い、和哉の頭痛も遠のいて、不思議と穏やかな気持ちになれた。兄の女性ほど柔らかくはないが自分とは違い嫋やかさをはらむ白い身体に口づけ、この時がずっと続けばいいとすら思った。
空調が静かな二人きりのホテルの一室。見下ろせば星々には劣るが輝くビル群の夜景が見える。ふと見渡せるだけでも沢山の人が息づき暮らしているというのに、どうして和哉には柚希でないとならないのか。
結局どうして柚希でないと駄目なのかなんて考えても答えはでないだろう。
ただもう、和哉にとって柚希を愛している気持ちだけが、幼いころから何度も何度もぴかぴかに拭き上げた、たった一つの宝物なのだから。
手放すには愛着が湧き過ぎて、そのあと自分がどうなってしまうのか和哉自身も分からない。
「柚希……。答えて」
温かいというよりも内側に炎が赤々と燃えているように熱い兄の身体を今一度強く抱きしめた。
いつまでもこうしていたいけれど、ついにこの時が来てしまった。
和哉は爪を立て痛い程腕を掴んでくる兄の指先を後ろから掌に包んで、やわやわと揉み摩る。徐々にほろりと力を抜いたその白い手を持ち上げ、和哉は初めてであった頃から特別なその手を自分の頬に充てて温みを味わった。
(もう二度と、この手に触れられなくなるかもしれない。それでも……)
「和哉?」
「どちらを選んでもいいよ。覚悟してる。でも。もしも先輩を選ぶなら……。僕は柚希の前から永遠に、去ろうと思ってる」
「カズ……!」
心の底から欲し、共に生きていくことを望んだ最愛の人をもう一度『兄』と呼び、純粋に慕うことはできないだろう。
永遠に、去る。それだけは嘘偽りない、覚悟を決めた言葉だった。
柚希を得ることができぬのならば、今までしてきた努力も思いも水泡とかす。他の男のものになる柚希をこのまま近くで見守ることができる程、和哉は老成してはいなかったから、和哉はその我儘だけは自分に許そうと思った。
「ずっと柚希を護ってあげるって言った約束、破ってしまうけど……。ごめんね。兄さん」
0
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説

獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
【Stay with me】 -義理の弟と恋愛なんて、無理なのに-
悠里
BL
高3の時、義理の弟に告白された。
拒否して、1人暮らしで逃げたのに。2年後、弟が現れて言ったのは「あれは勘違いだった。兄弟としてやり直したい」というセリフ。
逃げたのは、嫌いだったからじゃない。ただどうしても受け入れられなかっただけ。
兄弟に戻るために一緒に暮らし始めたのに。どんどん、想いが溢れていく。
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。
事故つがいの夫が俺を離さない!
カミヤルイ
BL
事故から始まったつがいの二人がすれ違いを経て、両思いのつがい夫夫になるまでのオメガバースラブストーリー。
*オメガバース自己設定あり
【あらすじ】
華やかな恋に憧れるオメガのエルフィーは、アカデミーのアイドルアルファとつがいになりたいと、卒業パーティーの夜に彼を呼び出し告白を決行する。だがなぜかやって来たのはアルファの幼馴染のクラウス。クラウスは堅物の唐変木でなぜかエルフィーを嫌っている上、双子の弟の想い人だ。
エルフィーは好きな人が来ないショックでお守りとして持っていたヒート誘発剤を誤発させ、ヒートを起こしてしまう。
そして目覚めると、明らかに事後であり、うなじには番成立の咬み痕が!
ダブルショックのエルフィーと怒り心頭の弟。エルフィーは治癒魔法で番解消薬を作ると誓うが、すぐにクラウスがやってきて求婚され、半ば強制的に婚約生活が始まって────
【登場人物】
受け:エルフィー・セルドラン(20)幼馴染のアルファと事故つがいになってしまった治癒魔力持ちのオメガ。王立アカデミーを卒業したばかりで、家業の医薬品ラボで仕事をしている
攻め:クラウス・モンテカルスト(20)エルフィーと事故つがいになったアルファ。公爵家の跡継ぎで王都騎士団の精鋭騎士。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる