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恋敵の台頭
恋仇の台頭9
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しかし和哉にはそんなことはできないと自分でも思っている。狼の牙で自分の腕を食いちぎってでも柚希に再び怖い思いをさせたくはない。
和哉は苦し気に暴れる柚希から、一度伸し掛かりくっつけていた胸を息がしやすいようにずらしてやった。高校生の頃までは背丈もほぼ同じぐらいで力も同じぐらいだったかもしれないが、今は病後であっても兄を易々と押さえつけられる。それだけに手加減をせねば傷つけてしまうかもしれない。
そう思うと途端に愛おしさがじわりと全身に押し寄せ、彼をなにものからも護ってあげたい、だが全て欲しいという熱情に同時に溺れそうになる。顔を上げて幼い頃のように悪戯してくる弟に困ったような笑顔で返した柚希に、和哉は嫣然ともいえる微笑みを浮かべながら両手を傷つけぬよう慎重に押さえつけ、唇を寄せていく。
「カズ?」
和哉は迷いながら触れるか触れないかの微妙な距離で止まった。
兄のいつでも感じの良い甘い唇を奪うための良い言い訳を思いつくことができずに、そのまま顔を柚希の頭の横の敷布団に押し付けて大きな嘆息をつく。そしてぐるっと身体を反転させると逆に兄の身体を自分の胸の上に抱え上げた。
和哉は子どもがあやされているような体勢に逆に慌てた柚希が退こうとするのを両手でがっしりと掴んで離さないのだ。
「兄さん。こんなふうになったらもう、逃げられからさ。……最初の発情期近いだろ? 慌てて番になったりしないで。不安ならちゃんと晶先輩に気持ちを伝えて待ってもらいなよ。……自分のこと大事にして欲しいんだ。昔からさ。兄さんはずっと自分のことを好きになってくれる人に告白されるとすぐOKするだろ。相手を妙に崇めてさ。自分のことをやたら下に見て。あれってなんなんだろうな」
「そんな風に見えてたのか……。恥ずかしい。自分でもよく分からないけど。……どうしてだろうな」
柚希が言いかけてやめたことを和哉は強く追及はしなかった。兄が二人が出会った公園横のアパートに桃乃と逃げるように越してくるまで、生まれ育った父方の実家との間に色々と大人の嫌な側面を見させられてきたことを、和哉は細かくは聞いていない。その時のいざこざがこんなにも素晴らしい兄が自分自身を心のどこかで卑下するようなトラウマを植え付けられる原因になっていることを、成長した和哉は薄々と感じていた。つい最近、つまり兄が完全にΩと判定されるまで、αだったら柚希を跡取りによこせと父方の親族に申し入れられていていたのを突っぱねたとは敦哉からは聞かされている。
明るい桃乃はかつての苦労を和哉には見せないし、その傷は敦哉だけが知り得て居ればいいことだ。だが柚希の傷を塞ぐのは和哉の使命だ。だからいつかはきっと打ち明けて欲しいと願っている。
「……でもさ。柚にい。ここに兄さんのこと一番必要としている人間がいるってことだけは忘れないでほしい」
一番、を強調してしまう自分の未熟さを感じつつ、和哉は腕の中呼吸を繰り返す、柚希の重みをこれからもずっと自分が担っていきたいと思った。
しかし柚希が珍しく哀し気な風情で和哉の胸に顔を擦り付けて吐息をつく。
「……カズ。そろそろ兄さん離れしてもいいんだからな? 俺なんかが心配で彼女も作れないなら大丈夫。お前はすごくいい奴だからさ、これから沢山素敵な人に出会いがあって、愛する人を見つけて欲しい。それで亡くなったお母さんの分までさ、世界中で誰より幸せになって欲しいんだ」
寝ころんだまま柚希は和哉の上から横向きに転がっており、すぐに向かい合ってきた和哉をぎゅっと縋るように長い腕を背に回して抱きしめてきた。幼いころから兄に抱かれているだけで、ここがこの世の天国のように感じるのに、どうしてそこを出て行けというのだろう。
「……」
(貴方なしではそれは無理だな。分かって欲しい。僕の最愛)
答える代わりに抱きしめ返して、兄の頭の天辺にキスを落とすと、和哉はいつまでも子供の頃のようにここでこうして居たいと願わずには居られなかった。
和哉は苦し気に暴れる柚希から、一度伸し掛かりくっつけていた胸を息がしやすいようにずらしてやった。高校生の頃までは背丈もほぼ同じぐらいで力も同じぐらいだったかもしれないが、今は病後であっても兄を易々と押さえつけられる。それだけに手加減をせねば傷つけてしまうかもしれない。
そう思うと途端に愛おしさがじわりと全身に押し寄せ、彼をなにものからも護ってあげたい、だが全て欲しいという熱情に同時に溺れそうになる。顔を上げて幼い頃のように悪戯してくる弟に困ったような笑顔で返した柚希に、和哉は嫣然ともいえる微笑みを浮かべながら両手を傷つけぬよう慎重に押さえつけ、唇を寄せていく。
「カズ?」
和哉は迷いながら触れるか触れないかの微妙な距離で止まった。
兄のいつでも感じの良い甘い唇を奪うための良い言い訳を思いつくことができずに、そのまま顔を柚希の頭の横の敷布団に押し付けて大きな嘆息をつく。そしてぐるっと身体を反転させると逆に兄の身体を自分の胸の上に抱え上げた。
和哉は子どもがあやされているような体勢に逆に慌てた柚希が退こうとするのを両手でがっしりと掴んで離さないのだ。
「兄さん。こんなふうになったらもう、逃げられからさ。……最初の発情期近いだろ? 慌てて番になったりしないで。不安ならちゃんと晶先輩に気持ちを伝えて待ってもらいなよ。……自分のこと大事にして欲しいんだ。昔からさ。兄さんはずっと自分のことを好きになってくれる人に告白されるとすぐOKするだろ。相手を妙に崇めてさ。自分のことをやたら下に見て。あれってなんなんだろうな」
「そんな風に見えてたのか……。恥ずかしい。自分でもよく分からないけど。……どうしてだろうな」
柚希が言いかけてやめたことを和哉は強く追及はしなかった。兄が二人が出会った公園横のアパートに桃乃と逃げるように越してくるまで、生まれ育った父方の実家との間に色々と大人の嫌な側面を見させられてきたことを、和哉は細かくは聞いていない。その時のいざこざがこんなにも素晴らしい兄が自分自身を心のどこかで卑下するようなトラウマを植え付けられる原因になっていることを、成長した和哉は薄々と感じていた。つい最近、つまり兄が完全にΩと判定されるまで、αだったら柚希を跡取りによこせと父方の親族に申し入れられていていたのを突っぱねたとは敦哉からは聞かされている。
明るい桃乃はかつての苦労を和哉には見せないし、その傷は敦哉だけが知り得て居ればいいことだ。だが柚希の傷を塞ぐのは和哉の使命だ。だからいつかはきっと打ち明けて欲しいと願っている。
「……でもさ。柚にい。ここに兄さんのこと一番必要としている人間がいるってことだけは忘れないでほしい」
一番、を強調してしまう自分の未熟さを感じつつ、和哉は腕の中呼吸を繰り返す、柚希の重みをこれからもずっと自分が担っていきたいと思った。
しかし柚希が珍しく哀し気な風情で和哉の胸に顔を擦り付けて吐息をつく。
「……カズ。そろそろ兄さん離れしてもいいんだからな? 俺なんかが心配で彼女も作れないなら大丈夫。お前はすごくいい奴だからさ、これから沢山素敵な人に出会いがあって、愛する人を見つけて欲しい。それで亡くなったお母さんの分までさ、世界中で誰より幸せになって欲しいんだ」
寝ころんだまま柚希は和哉の上から横向きに転がっており、すぐに向かい合ってきた和哉をぎゅっと縋るように長い腕を背に回して抱きしめてきた。幼いころから兄に抱かれているだけで、ここがこの世の天国のように感じるのに、どうしてそこを出て行けというのだろう。
「……」
(貴方なしではそれは無理だな。分かって欲しい。僕の最愛)
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