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恋敵の台頭

恋仇の台頭2

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 その上機械に疎い柚希のスマホの機種変更を和哉が全て手伝ってあげたので、和哉に都合のいいアプリを入れ放題だった。ヒートの予測アプリも、家族でスケジュールを共有するアプリも和哉が入れてあげて懇切丁寧に使い方を教えてあげた。

 中でも友人や家族同士の位置情報を確認できるアプリは非常に重宝して、その後柚希の全ての行動をGPSで把握できるようになった。
 授業の合間に柚希が何をしているのかと思いをはせるのも楽しかったし、居場所を把握できているから、仕事帰りの柚希を迎えに行くこともできる。

「あれ、かず、グッドタイミング」

 なんて外ではにかんだ笑顔を見せられたら、もうたまらなかった。自分たちは昔から恋人同士だったのではないかと思い込んでしまうほどだった。
元来社交的な性格だった柚希が交友関係断ちをしたのはかなり寂しかったようで、迷子が親に出会ったようなぱあっとした笑顔を浮かべて和哉に駆け寄ってくれた。
背丈もそこそこある年上の男なのに思わず頭を撫ぜたくなるほどに可愛く見えた。

 いくら隣り街とはいえ共に暮らしている時よりは顔を合わせにくいのは寂しかったが、休みの日には朝から和哉が合い鍵で入り込んで朝食を作って、のんびり昼下がりに買い物に出かけてと頻繁に二人で会っていた。
 互いに学校がある平日は、それぞれ自宅に帰ったら世の恋人たちのようにスマホのアプリで通話を繋ぎっぱなし互い気配や吐息等感じながら生活することもできたのだ。

 柚希が家を出た年の冬は離れて暮らすことには慣れてはきたが、夜が来れば相変わらず兄の傍にいられぬもどかしさに感傷的な気持ちになったものだ。
そんな時はことさら柚希のくっきりした二重がきゅっと細まると愛嬌が零れる、ぽかぽかと温かな癒しの笑顔が無性に恋しかった。
大学の課題を打ち込む手を止め、スマホ越しに自室で柚希と囁くように会話しながら、柚希の吐息が悩ましくて少しむらっと来ることもあって困った。
たまには音声だけで画面もつけてとお願いすると、湯上りの上気した頬が可愛い柚希も照れながら画面の向こうからややぶっきらぼうに手を振ってくれた。

「和哉、大学頑張れよ。俺も仕事頑張る! 今度差し入れもってくからな? またドーナツだけど」
「甘いもの、頭使い過ぎて疲れてる時ありがたいよ」
「そうだ。今更だけど、合格祝いにどっか行こうとか言ってたのに、バタバタしてるうちになんだかんだで行きそびれてたよな。もう一年以上経っちゃったけど……。代わりにさ、なんか言うこと聞いてあげるよ。ほら。ボーナスも入るし。 あんまり高いものとか無理だけどさ、俺にあげられるものならさ。何がいい?」

 少し眠たげにあくびをしながら目を擦る柚希の言葉に、0時を回った深夜に同じく少し眠たかったはず和哉はたちまち目を覚まして思わず『なら、僕と番になって!』と迫り倒したくなったのを、拳を口元に当てうぐっとこらえた。
 柚希という人はこんなふうに無自覚に人を煽るのが上手で困った奴なのだ。
「……焼肉、奢ってもらおうかな?」
「おお、いいぜ。せっかくなら母さんたちにも声かけていこうな?」
「母さん、焼肉じゃ絶対喜ばないだろ」

 凛とした空気をたまに吸って深呼吸する、静かな真冬の深夜。
 大体寝落ちした柚希が小さな寝息を立てるまで、他愛のない話をするのは、遠距離恋愛をしているような気分も味わえてそれはそれで新鮮で楽しかった。
 辛く苛烈な出来事から産み出してくれた穏やかな日々に、和哉は兄と自分との関係性が少しずつ変化していくことを期待して、ひたすら春の訪れをまった。

 翌年の春、柚希がドーナツ屋で働き始めてて二年目、和哉も大学二年生になった。
 Ωになった昨年の秋から柚希は高校時代のバスケ部の仲間とは距離を置いたままで、和哉も柚希の連絡先を先輩たちに尋ねられても教えることはなかった。
 柚希は女性ばかりの職場の中で一見楽しそうに暮らしていた。以前なら嫉妬をしまくっていたであろう女性たちとのかかわりも、Ω判定された事実を皆が知っているとなると逆に安全だ。

 出来ることなら柚希を囲い込みどこにも出したくはなく、誰ともかかわらせずにずっと和哉だけの為に家にいて欲しい程だったが、現状学生の和哉にできることには限度がある。
 大学も二年生になり、やっとあと1年もすれば就職の見通しがたち独り立ちできる未来が見えてきた。
 長かったこの10年、ずっと柚希だけを求め追い続けてきた和哉が、ついに二人の間の差を埋め挽回できる場所に至れる。
 それが和哉の慢心に拍車をかけたのかもしれない。

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