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欲望の加速

欲望の加速8

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 長い睫毛を伏せ、柚希はこっくりこっくりと、ほとんど寝こけていた。
 皿の上に突っ込んでサツマイモを探る手が危なっかしくて、幼子に世話を焼くように箸を取り上げる。
 そのまま椅子を引いて抱き上げると完全に脱力した成人男性の身体はいくら細くともずしりと重たかった。しかし和哉は幼い頃は背負ってすら貰った柚希をこうして抱き上げられるようになった自らの逞しさを誇りたいぐらいだ。
 腕を首の後ろに回させるとなんとなく必死な様子できゅっと和哉の襟元を掴んできたから、そのままなんとか背丈は変わらぬ柚希を持ち上げて廊下に向かって一歩踏み出した。
 こうなることを想定して、実はこっそり一階にある和哉の母と柚希の父、両方の仏壇の或るかなり強烈な客間に布団を引いておいたのだ。
 亡き両親の目前で柚希に手を出そうとしている。
 われながらいい根性をしていると和哉も思ったが、今どきのモダンな仏壇の扉をしっかり閉じて、心の中では母と柚希の父に詫びる。

(兄さんは僕が将来、絶対に幸せにしますので、今日は見ないふりをしてください)

 慎重に兄を布団の上に下ろそうとしたらぎゅっと抱き着かれてすりっと頬を寄せられた。その仕草にどきっとしたら、腕の中で柚希が小さく呟いた。

『あつや、さん?』

 思わず呼吸が止まり、柚希を抱く腕が急により重く感じられ取り落しそうになるのを和哉はバスケで鍛えた下半身に力を込めて、懸命にこらえた。
 無言のまま短い廊下を歩いて、ゆっくりと柚希をふかふかの布団に下ろした。 
 先ほど柚希が放った一言でかき乱された心とは裏腹、冷静にと念じ続けたおかげで、努めて丁寧に首に巻きついた腕をとって布団においてやると、和哉は立ち上がり叫びだしたくなる気持ちを何度かこらえて口元を両手で覆いながら兄を見おろした。

(父さんと僕を間違えてる?)

 柚希の無意識の世界の中で、きっと和哉はまだ幼い弟で、自分を抱き上げて運べる存在は逞しい父の敦哉なのだ。
 ちっとも男として意識してもらえないのは薄々感じていたが、これはもう顕著すぎて泣きたい気持ちよりも先に強い嫉妬心に苛まれて呼吸が荒くなった。
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