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柔く白い手
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夜が近づき大分気温が下がったのを察して、上はぶかぶかの黒いパーカーを羽織らされ、『こっちは去年きてた服。これは流石にお前にはデカいだろ?』とか年下相手に無邪気な対抗意識を燃やしてくるから笑ってしまったら、柚希もちょっと恥ずかしくなったのか照れて、お互いに顔を見合わせ笑い合った。
母をなくしてから和哉の周囲の人は皆痛ましげに和哉に接して、ともすれば無駄に甘やかしてきて、しかしどこかよそよそしさも漂っていた。
だから大人びているのか子供っぽいのか分からない柚希のごく自然体な様子が和哉には心地良かった。
ソファーで待たされている間にカチカチカチカチと、時計の秒針が進むかなり大きな音が耳に響き、そして柚希が忙しく動き回って洗い物やらなにやら家事を行う音と合わさってそれが妙に落ち着く。自分以外の人間がいるという気配が和哉を自分で思っている以上に穏やかな心地に誘った。
そのまま和哉は何だか眠くなってしまって、友達の家ですらした事ないのにいつの間にかカウチソファーの上でうたた寝をしてしまった。
途中身体にふわっと暖かな物がかけられた感触がして、千々込めていた脚を自然に伸ばすと和哉は本格的に眠りに落ちた。
どのくらい眠っていたのか……。香ばしく甘い食欲をそそる匂いに誘われるように目を覚ますと、覗き込んできた柚希の子リスのようにクリっと丸く見張った目と目が合った。
身体を起こすと毛布が掛けられていたと分かり、温みはこれのおかげかと心地よくて思わずまた毛布に肩まで滑り込んでしまう。
「起きた? 洗濯も終わったから、これ食べたら家に送っていくよ」
柚希が手に持っていたのはころころとまん丸に上がった、油と甘い香りと共に湯気の立ちあがる素朴な菓子だ。
「ドーナツ揚げたから。食べようぜ?」
「君があげたの?」
「柚希でいいよ。そう。俺夕飯の当番すること多いから料理結構得意なんだぜ」
泥だらけのユニフォームと柚希のズボンの泥を落として洗濯をしている間に、マメなことにドーナツまであげてくれていたらしい。
起き上がってソファーから降りて床にぺたりと座り込むと、ローテーブルに置かれた環っかでなくいびつな形の丸いドーナツに手を伸ばした。
口に運ぶとキッチンペーパーでは切れきれぬ油がじゅっとなり、何故だか他の食べ物の味わいもあったのが不思議で目をまん丸にすると、柚希も一口食べた後、頭をかいて弁明した。
「昨日天ぷらだったからさ、ちょっと古い油も足しちゃったから、てんぷらの風味がついちゃってるな。不味い?」
「美味しいよ」
「ごめん。今度作る時は新しい油だけで作るから」
「また来てもいいの?」
今度という言葉に反応して柚希の顔をまじまじと見たら、小づくりで優美な顔が照れたように耳まで赤くなった。
「公園でまた会えるだろ? 俺毎日あそこ通って帰るし」
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だから大人びているのか子供っぽいのか分からない柚希のごく自然体な様子が和哉には心地良かった。
ソファーで待たされている間にカチカチカチカチと、時計の秒針が進むかなり大きな音が耳に響き、そして柚希が忙しく動き回って洗い物やらなにやら家事を行う音と合わさってそれが妙に落ち着く。自分以外の人間がいるという気配が和哉を自分で思っている以上に穏やかな心地に誘った。
そのまま和哉は何だか眠くなってしまって、友達の家ですらした事ないのにいつの間にかカウチソファーの上でうたた寝をしてしまった。
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どのくらい眠っていたのか……。香ばしく甘い食欲をそそる匂いに誘われるように目を覚ますと、覗き込んできた柚希の子リスのようにクリっと丸く見張った目と目が合った。
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起き上がってソファーから降りて床にぺたりと座り込むと、ローテーブルに置かれた環っかでなくいびつな形の丸いドーナツに手を伸ばした。
口に運ぶとキッチンペーパーでは切れきれぬ油がじゅっとなり、何故だか他の食べ物の味わいもあったのが不思議で目をまん丸にすると、柚希も一口食べた後、頭をかいて弁明した。
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今度という言葉に反応して柚希の顔をまじまじと見たら、小づくりで優美な顔が照れたように耳まで赤くなった。
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